なぜか台北 その54

【あらすじ】

台湾旅行。

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あとは、である。

あとは、お土産に勧められるがままにジャーキーや変な絵柄のトランプを買ったり、そのジャーキーが空港で没収されるんじゃないかとひやひやしたり、パスポートを写真確認のところで「お前、nimbus?」と妙に聞かれたり。

多くの旅行者が経験した、通過儀礼のようなイベントのみである。

そして空港からはバスで近所の駅まで行き、そこからタクシー。
タクシーのおばさんに「とにかく誰某の先生に似ている」と絶えず言われ、「そうか誰某の先生に似ているのか」と思いながら帰宅したのである。


台湾には2日くらいしかいなかったわけだが、ホテル周辺だけ見てもその町並みは油絵のようにぼこぼこで面白く、そして腹を満たす手段はいくらでもある。

土曜の早朝から活動的で、なんだか元気だなあ。
そういう印象を持った。



ともあれ、僕は帰ってきた。
2日の旅行でこう、54回もどうこう書くというのは正直飽きてしまったが、一方でそんなに1回を長く書くのもめんどうくさい。

要はめんどうくさい。
そんな感じで54という数字で終わる事になった。
なんなんだ、この中途半端な数字は。

まあ、僕が少年野球のときの背番号は52だったから、そこと何かしら関係があるのかも知れない。




「54-52。あと2人、誰かが死ぬ」
とかありそうだ。

「54-52。2人、まだ台湾から帰ってきてない」
とかありそうだ。

「52-54。2人、このなかに反物質人間がいます」
反物質ってなんでしたっけ?。

なぜか台北 その53

【あらすじ】

台湾旅行。

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石畳に見事な直線のシュプールが刻まれているそこは「忠烈祠」というところで、やはり有名な観光スポットであるらしい。

広い敷地を囲むかのように点在する碑などの感じから、日本のどこかのお寺のような雰囲気。

この感じからすると、猫がいるに違いないと探したが見つからず、その間にも交代の時間だったのか。
兵士達は儀式じみた動きと遅さで歩いていき、石畳と自分の靴底を削っていく。

そう。
石が削れて跡が残るというのもすごい歴史だが、同時に多くの靴が使えなくなってしまったはずだ。
あるいは今まさに兵士が履いているものが、靴底を補填し続けたものだったりするのだろうか。

猫は見つからないが感慨深い。
頭の中にターンエーガンダムの「軍靴の記憶」が流れてきた。



交代した兵士は、門前で微動だにしている。
この微動だにしないことが、ここでは有名らしい。

そうだ。
兵士は微動だにしないに限る。
裏を返せば、兵士が動いているときはろくでもないことになっているはずなのだ。




兵士の横をゆっくりと歩いたり空を見上げたりしたのち、出発する。

ここでは、感慨は見つかったが猫は見つからなかった。
石畳のシュプールにも、肉球の跡は見られなかった。

なぜか台北 その52

【あらすじ】

台湾旅行。

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りすが印象的だった寺院をあとに、次は「蒋介石」の何らかの記念館に行くとの事。

正直、台湾旅行のプランすら何も考えていなかった僕にとっては、あまりに蒋介石に対して前知識がなく、唯一あるとすれば「うちの母方のおじいさんの若い頃に似ている」くらいで、とにかく仕方がない。

そんな仕方なさがバスの進行を妨げるはずもなく、僕は中正紀念堂の広い敷地の一角に直立した。

ちょっとしたお城のようなその建物の壁面は白く、午前中だというのに金星のように暑いこの国の気候によく合う。


ガイドさんに連れられて建物へ向かう一行とはわざとはぐれて、敷地を散歩してみる。

白い、暑い。
それが繰り返される。

なんか分からないが高校球児みたいな気分だ。

いや、僕が高校球児であった時期はなかったのだが、ともかくそんな気分になった。

白いボールを、追っかけていたかいや追っかけていなかった。



集合時間とバス待ち合わせについて不安になってきたので一行と合流。
謎のエレベータに誘われるままに付いていくと、兵士に守られた巨大な蒋介石像のある部屋が目の前に現れた。

その像は、リンカーン座像をイメージすれば間違いない感じ。
外の強い日差しを部屋から眺めていて気持ちよさそうにしている。


僕らが来た時、ちょうど兵士の交代の時間だったらしく、彼らは恐ろしいほどの形式張った交代儀式を、恐ろしく時間をとって行う。

それぞれの動きに意味があるのだろう。

見ていてかっこいいのだが、一方では大変そう。
そんな儀式を見守る観光客たち。

そして蒋介石像は思う。
「外、暑そうだなあ」

こういうことなら、この兵士達には僕らが思っている以上に存在価値があるというものだろう。

なぜか台北 その51

【あらすじ】

台湾旅行。

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台湾最終日。

観光地のひとつである寺院の柱は確かにこまっちょろく装飾が施されているが風化のためか。
灰色のそれは、水で溶いた片栗粉を上からかけたように、鋭さがあいまいになっている。

そのあいまいさが歴史を感じさせると同時に「何の彫刻なのか分からない」と根本的な疑問をも生じさせる。
それがこの寺院だ。


視点を変えて本堂?の両サイドにある建物の内部をのぞいてみると、1辺10cmほどに区分けされた中に何か光るものがある。
そんなものが5mくらいのなりをして乱立していた。

ちょうど映画「マトリックス」の未来の世界で、発電材料として使用されている人の管理場所。
小さい部屋に意識のなさそうな人間が横たわっている。
そんなシーンを思い出した。

もしかしたら小さい仏さまが入っているのかも知れず、その印象はそれほど遠くなさそう。

しかし、その10cmの中をよく見てみたら布施明のプロマイド写真が貼ってあったりしたら困る。
それでは先ほどの印象を持っていく場所がなくなるため、必要以上にそれを見ないようにする。

寺院内部にはいくつがテーブルが置いてあり、そこには木彫りの果実、花などがデフォルトで置いてある。
お経のようなものを歌っていたおばさんたちは、それが終わるとあっという間に本堂に吸い込まれていく。



巨大な線香を燃やすための香炉があった。
僕たち日本人は、こういうのを見るととにかく頭や体に煙を当てる行動を示すが、あれは台湾でも通用するのだろうか。
僕らの仲間内の誰かがそれをやっていたが、とりあえず文句は言われていない模様。


台湾の人たちにとっても、この場合の煙は悪いものではないらしい。
あるいは薫製と何か関係があると思われたのかも知れない。


と、このようにここの寺院では特記すべきことはあまりなく、唯一あったとすれば「りす」がいたことくらいか。

ただ、確かに「りす」はかわいい。
タイワンリスというやつがいたはずだから、まさにそれだろうか。

しかしながら、「りす」と寺院と結びつける事はなかなか難しく、せいぜい僕は心の中で「聖りす」と呼ぶ事に決めたくらいであり、それは「せいりす」なのか「セントりす」なのか「ひじりりす」なのか。

どう読むのかはわからず、ともかく「聖りす」の見た目の形のみに満足した。

ただ、おそらく間違いないのは、「聖りす」は自分の埋めた木の実の事は決して忘れなさそうなことだ。

なぜか台北 その50

【あらすじ】

台湾旅行。

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朝の6時にもなると、帰国の日ということもあり、もう何をやっても「でも今日は帰る日だから」という感じになってくる。

朝ご飯を食べようと屋台街へ行こうにも「屋台街へ行こうと思うが、もう十数時間後は自宅だ」。
昨日から残したままの肉まん様のものを見ても「肉まん様のものが冷えているが、もう今日は帰る日だ」。
北竹での散歩で言う事聞かない体にしても「全身筋肉痛だが、もう今日は早めに寝て、明日に備えねばならない」。

日曜日のサザエさんを見て明日の月曜日を憂う話は多いが、あれと同じ感じである。



食べ物はあったが、何かあったかいものを食べようと思った僕は結局屋台街へくりだし、「はるさめと香草と豚内臓を煮たもの」を手に入れた。

それはうまかったが、冷えた肉まんなどを処理していく中で結局お腹いっぱいになり、冷えた肉まんもそのはるさめも少しずつ残す事になった。

それらをぼーっと眺めながら、ホテル従業員の人に申し訳ないなと思いつつも、台湾はとにかく「お腹いっぱい」には事欠かない場所である事を痛感した。



ホテルをチェックアウトしバスに乗ると、今日は空港の時間になるまで街にある観光場所をいくつかつぶしていくと説明。

まず訪れたのはある寺院で、日本では見られないような鮮やかな色彩の屋根に、微細な彫刻。
歩道には睡蓮か何かの花が売られており、どうやら供物のよう。

寺院に近づくにつれ、妙な歌が流れている事に気づいた。
お経だろうか。


寺院はやはり観光スポットであるからか。
立派な門には程よい空間が用意されており、そこではどこかの団体が集合写真を撮っている。
人工的な滝もあり、マイナスイオンのにおいがした。


寺院に入ると、歌の正体がわかる。
主におばさん達だが、黒い服を着た人たちが、その抑揚に乏しい歌を歌っている。

そういえば、台湾では「黒いマスクをしてバイクを運転している人」を何度か見かけていた。
黒が流行っているのだろうか。

なぜか台北 その49

【あらすじ】

台湾旅行。

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マッサージ店にて。
結果的に、僕は2時間ほど、もまれることになった。

体中を若い女性に、いかがわしいところ以外はもれなくもまれてしまった。

やはり手練なのだろう。
確かに気持ちよく、半分は寝てしまったくらい。



しかし、2点気になる事ができた。

ひとつは、マッサージとしてどうだったのかがわからない点。

もっと気持ちいいレベルが標準かも知れないし、今回のが最高位に位置するものなのかも知れない。
半分寝てしまったというくらいだから正解ではあるのだろうけど。


そして2点目。
せわしなかった。
寝転がって、ももをとんとんされたり二の腕をもまれたりしている間、うとうとしかけると「同時に顔の皮脂取ります」「かかとをすります」と来るのだ。

もちろんこれは、僕は適当なアクセサリを付けたことにも原因がある。
事実、上記のものは僕が頼んだものなのだ。


ただ、それ以外にも「爪切りいかがですか」「顔パックいかがですか」と列車の車内販売のようにいろんな人がものを売りにくる。

そんなとき、僕は顔の皮脂を何らかの方法で取られつつ、かかとをすられつつ、もまれつつで、完全に紙粘土細工最後の仕上げみたいなことになっている。
そんなところに技術を売りにこられても、もう僕の周りはピットレーンのようになっていてどうにもできない。


僕はなされるがままに「あなた、あまり毛穴に皮脂なかったよ」と言われて何の抑揚もなく、「こんなにかかとのかさかさ取れたよ」と白い粉末をとろりとした目で眺め、緊張のために強ばる事が唯一の意義だった筋肉を「きんちょしてる?」と言われながらもまれ。

ともかくそんな感じでマッサージは終わった。
気持ちよかったのだが、それよりも印象に残ったのは顔の皮脂を取る時、取った皮脂を僕の額に置いた紙になすり付けることが、何となく夏目漱石の鼻毛の事を思い出させるのに十分なことだった。




清算の前に再度待合室に通されると、知った顔が幾人かいる。
どうやらみんなで来たようで、何なら僕も単独行動などせず、彼らに付いていけばよかったか。

いや、それでは味わえなかったかもしれない。
こんな、ショッカーの改造人間が改造されて初めて世間に触れたような。
活け造りのアジのような気分は。

なぜか台北 その48

【あらすじ】

台湾旅行。

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台湾のマッサージ店。


待合室で待っていると、なぜか店頭のカウンターに戻るよう言われる。
そこでどこをもんでもらうかを選ぶシステムのようす。

大きく、全身をどんな感じでもんでもらうのかが3パタン。
それに付随する、かかとすりや洗顔などのアクセサリ。

全身の3パタンは正直どれが何なのかもわからなかったが、とりあえず「踏む」タイプの写真が添えられていないものを選ぶ。
それだけで数千円となかなかの金額だが、せっかくだからアクセサリも何か考える。

僕はパンフレットに載っていた、耳あかを取っている仙人のようなご老人を思い出した。

一昔前のコントの医者がしていそうな額帯鏡。
彼なら、洗車用の高圧スプレーによる超絶耳掃除をしていたとしても耳あかを取ってくれそう。
あるいは少量の脳みそをもって「ほら耳あか取れたよ」と言ってくれそう。


パンフレットの中でも異彩を放つその男性は、ご老体ながらダンディー。

おいしいコーヒーを入れてくれそうであるし、遺産相続の際は適切なアドバイスをくれそう。
飲み過ぎなお酒をたしなめてくれそうであるし、よくわからない布を手にかけて横にいつもいてくれてそう。

そして耳かきがうまそうなわけだ。



上記理由から耳掃除をしてもらいたかったがあいにく今日はやっていないとのこと。
仕方がないので「顔の皮脂を取る」「かかとすり」をやってもらうことにした。

日頃、両方をかなりないがしろにしているため、どんな変化が得られるのか、わくわくしてきた。
取ってくれる人も取りがいがあるはずだ。

なぜか台北 その47

【あらすじ】

台湾旅行。

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タクシーの運転手さんにマッサージ店のパンフレットを見せると、ああそこねと車を発進させてくれた。
パンフレット表紙の人物のうち、3割は志村けんである。

彼が志村けんを志村けんだと認識している確率は3割だ。

ではあと7割は何かと言うと、おそらく6割はおっさんと認識。
1割はきりたんぽか何かと認識しているだろう。

ここに、志村けんは知らないがきりたんぽは知っている台湾人が1割であることが示唆された。


妙なキラキラ具合を見せるそこは、正直いかがわしさがなかったわけではないが、店頭には志村けんの頭身大パネルが立っており、やはり日本人を安心させる。

ここまで大々的に志村けんを扱っているのだから、ちゃんと志村けんの許可を得ているのであろう。


志村権


なんてものを考えながらも、ここの従業員の人はちゃんと教えてもらっているだろうから、このパネルの人物が日本で知らないものないコメディアンである事を知っているだろう。

同時に、何人のタクシードライバーが「大きなきりたんぽのパネルだなあ」と不思議に思いながらここを発進しただろうか。

待合室はこれまたきらびやかで、少々落ち着かない。

なぜか台北 その46

【あらすじ】

台湾旅行。

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今回、あるいは本ブログでも上位に入りそうなピンクのしおり、「台湾のマッサージを受けてみる」という一大イベントを決行するべく、僕はタクシーに乗る事にした。

ホテルの入り口には絶えず数台のタクシーがおり、それは夜半を過ぎても変わらない。
乗車賃も高くはないため、ちょっと乗ってしまおうかという気にさせる、よいタクシーである。


ロビーに人は少なく、今は午後八時だからごはんでも食べているのかと思っていると知った顔が数人。
どうやらバス乗務員の黄さんと知り合いの数人であるようだ。


僕は彼らに、ついに筋肉の貞操を捧げる事にしたことを伝え、一方で彼らが黄さんと一緒にどこか夜市へ遊びに行くということを聞いた。

明日は帰る日だというのに、お互い血気盛んな事である。




僕は、今日北竹という場所をうろうろしてきたことを伝えた。
黄さんは驚いた顔をし、何しに行ったのと僕に聞く。

僕は正直に、降りようとしていた駅を電車が通過してしまったのだと伝えると、電車の乗り方とかは私に聞けばよかったのにと言う。

もちろんその通りだと思うが、一方でそれを話した時、僕が「樹林」に行きたい理由を言わねばならないような気がした。
それがただ「田んぼや自然がありそうだから」だということがわかったとき、黄さんはどんな顔をするだろう。



ではこれから、僕はマッサージをやってきてみるよ。
別れ際に僕は今回の旅の唯一の目的。

変な帽子(サムネイル参照)の購入について、台湾で今僕がかぶっているような帽子の売っている場所、着用している民族はいないのかと尋ねてみた。

黄さんは、僕が今まで見た事ないようなしかめっ面で、首を横に振った。
そうそう、たぶんそんな顔。

なぜか台北 その45

【あらすじ】

台湾旅行。

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膿んではじけそうなくらい膨れた状態の腹を抱えてシャワーを浴びたあと、なにげなしにテレビを付けるとNHKだろうか。

日本語でどこかの野球のゲームがサヨナラゲームである事を告げた。

誰かが、そのチームで今年サヨナラゲームがなかったことを数えていなければ分からない事である。

観客席で「サヨナラゲームじゃない」欄にチェックを入れる誰かを想像しながら、もう少しも動かまいぞとベッドにボディプレスを仕掛ける。

肉まんもシャーピンも結局余ってしまい、それらはただ冷えるのも待つのみの身で申し訳ない。


そして気づくともう午後7時を回っている。
寝てしまったようで、肉まんもシャーピンも「まだあたたかい」とは言えない状態。

それでも少し口に含むと、なんだかもう少し何かないかなとイベントを考えるようになってきた。

お腹は一杯なので屋台街をうろつく気分には到底ならない。
しかし暇だ。



僕は前日のマッサージのことを思い出した。
あの、いかがわしくないことを懸命に黄さんが言ってくれていた店である。


「今なら疲れているから、もまれる状態の体であるかも知れない」


その時もらったパンフレットを見てみると、店のオーナーらしき女性が日本の有名芸能人と写った写真がある。

もう少し詳しく言うと志村けんなのだが、ともかく「志村けん御用達っス」と言いたいらしい。

異国で見かける志村けんは、もう日本人にとっては早朝のみそ汁のようなもので、心のガードなぞ簡単に瓦解させる力がある。

そして暇でもあるから、これは行かない理由のほうが見当たらない。


気づくと僕はそこに電話をしていたんだ。
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