ローテーション

今日が6月の26日なのに、ブログとしては6月30日。
先週の土曜日にいくつか書いたので、一挙に上げてしまったのです。

確か、いっぺんにたくさん更新よりも、ちょこちょこ更新したほうが、まぁ色々と良い、という話を聞いたことがあります。

でも、のせてしまった。

何よりも書かなくていいぶんの時間を、過去に書いた内容をもう一度見てみる時間に当てられるのがいい。

よって、ここ2?3日にカウンタが増えているのは、ぼくのせいです。

それにしても過去の僕。
我ながら、よく分からないことを書いている。



また、1週間くらい先まで書いているので、その間はせいぜい3日に1回くらい書けば、のんびり小旅行な感じなのです。

そんなに、毎日毎日うまいこと書こうとせずとも、良いのです。






と、ここで反省しなくてはならないことが出来た。

一応、今回の内容はタイトル「ローテーション」というのと「3日に1回はローテンションで」みたいなのを、「オチ」的な要素として扱う予定だったが、活字で「ローテンション」の雰囲気を出すのが以外に難しいことが分かった。

よって、「ローテンション」を持ち出す機会を失ってしまい、こんな形で「ローテンション」を連呼することになってしまった。
すまない。


あやまりついでに、もう夜だし、寝るよ。




ちなみに、なんとなく思ったのだが、ものすごく「青、黄、赤」の切り替わりが早い信号機があったなら、そいつを「ハイテーションな信号機」と呼んであげたい。

そしてぼくが、あまおと。

だいぶ昔だが、「となりのトトロ」について、アンケートをとったことがある。


「となりのトトロ」の歌の出だしは、何か。


聞いた人は10人くらいだったが、
「 ♪ だれかが こっそり… 」という正解を答えられた人は1?2人だったように思う。

ほとんどの人が
「 ♪ あめふり バス停… 」が歌い出しと思っていたのだ。



なんでこんなことを思い出したか。

先ほど、なんとなく
「 ♪ だれかが バス停… 」と頭の中で歌ってしまった。



誰かが、バス停。



僕は、どうしたんだろう。

炭素源を手放さないぼくらへ

吉祥寺のとあるラーメン屋に、「栄養満点」みたいな感じのパネルが飾ってあった。
「お、ここのラーメンは栄養満点じゃないか。どれどれ。」

現代日本において、このようにのれんをくぐる人物は、どれほど存在するのだろうか。


僕は、ある話を思い出した。
昔、インスタントラーメンの袋には「スープに栄養があります。残さずお飲みください」という旨のコメントが印字されていたらしい。

しかし、現代社会では、インスタントラーメンのスープは静電気を帯びたビニール袋なみに忌み嫌われる存在である。




時間が、常識を根底から変える。

そのこと自体「常識」として、あらゆる情報源から、あるいは経験として我々は体得している。

そして、そのことに少しでも触れるとかなりの分野に飛び火し、大変だ。

高度経済成長や日本の食糧自給率、久しぶりにテレビで見て、なんとなく切なくなってしまう芸能人についてなど、様々である。

ただ、この「栄養満点」看板で僕が感じたことは、これを掲げているラーメン店側が、何を狙ったのか、というところである。
今となっては、この文句は逆説的に「スープくらいは残せ。」と言っているようにしか聞こえない。

また、「おまえらは、栄養に関してはもう危惧することはないよ。」ということも示唆していそうだ。


ここまで考えると、次はひとつ。
「おまえらは、○○に関してはまだ足らないよ。」についてである。

足りないもの。
とりあえず、僕にはいろいろ足りない。

2回目とはじめてのカンツォーネその2

昨日からの続きです。


【あらすじ】
クライミングをしている知り合いの邪魔をしよう。




競技中は壁に張り付いて、重力に逆らっている。
誰だってギリギリ状態だ。

だから、余計な事を考えさせたりするだけで、脱力させ、落とすことが期待できてしまうのだ。


<邪魔ワード集>

・「富士山」

ボルダは、つかみやすさの差はあれど、だいたい手ごろなサイズであるが、ときどき、明らかにおかしな形状をしたものもある。
そのひとつが、明らかに他のボルダよりも巨大なものであり、邪魔プロ(会員数約2名)の間では「富士山」と呼ばれるボルダである。

もちろん「富士山」もボルダのひとつなので、それを利用するシーンや、それ自身に小さなボルダがついていたりするが、とにかく利用するシーンよりもその印象の強さが光る人工物だ。




たとえば、あるレベルを挑戦していたとする。
そのルート上には、身近な「富士山」はない。

挑戦者は的確にルートを踏破していくが、ある場所で行き詰る。
張り付いているだけで精一杯だ。

そこで、それを感じ取った邪魔プロは、開口一番「よし、次は富士山ね」。

「富士山」ボルダは、はるか彼方。

残念なことに、人間は考える葦らしいので、
どうしても「届かないやん」と、少しでも考えてしまうのである。

また、一瞬でも「富士山の頂に手をかける私」を想像してしまう。

「俺は天邪鬼か!?」。

結果、落つ。


・「いい仕事」

ルートのレベルが上がるにつれ、ボルダひとつのつかみ方で踏破成功が左右される局面が増える。
挑戦者はそのような場面になると、該当するボルダを、それはもういろんな風、いろんな角度で触り、確認する。

そのときである。
邪魔プロは、そんな彼を見逃さない。

「どう?、そのボルダ、いい仕事してる?。」


・「陶芸家」

「いい仕事」の類似パターン。
ボルダのつかみ方で迷っている相手に対し、
「○○くん。陶芸家になっているよ!!。」
と心無き言葉を投げかける攻撃法である。

※高名な陶芸家を実際に挙げてもよい。


・「迷い箸」
これも上記と同様のシーンだが、こちらは主に、どのボルダに足を置けばよいのか迷うところで使用する。

「足が迷い箸になってるよ!!。」と尋ねれば、まぁ落ちるよね。


と、我流をほうっておくと、こんな感じになる。
こんなんなので、クライミングのレベルは、一向に上がらない。

さらに僕の場合、このような所業に加えて、そもそもクライミングに行く時間が少なく、時間的な間隔まで空いてしまうのだ。

僕のクライミング経験はいつも、「2回目」の次は「はじめて」になってしまうのである。

2回目とはじめてのカンツォーネ

クライミングというと、何かしら社会におけるヒエラルキーになぞらえようとする人がいるかもしれない。

でも、いたって楽しいスポーツで、たまに登りにいく。


僕がやっているのは、室内でやるもの。

壁に、ボルダとかいう人工のでっぱりが無数に取り付けられ、それを利用してゴール地点(2?3m上とかにある)を目指す。
幼少時に崖のぼりみたいなことをしたことのない人はいないと思うが、あの感覚だ。
(崖のぼりをしたことない人は、いまからでも遅くないのでやっておくように)。

※ちなみにそのボルダ、以前にも書いたが、ただ闇雲に利用すればいいというものではない。
各ボルダはレベル付けがされており、たとえばレベル1のゴールを目指そうとするなら、レベル1のボルダのみを利用しなくてはならないのだ。
逆にいうと、レベルの差はあれど、ある程度のルートが既に決められているということだ。


私はかなり我流で生きてきたので、無論クライミングも我流だ。
「無論」というのがえらそうだが、もちろんブーだ。

特に僕はクライミングにおける定石みたいなものを知らないので、時々登り中に、壁に貼り付けられた前衛的な彫刻っぽくなる。
どこぞの美術館で、雨ざらしになっていそうな感じ。

ところで、クライミングを誰かと一緒に行くとなると、どうしても勝負というものが生じる。

「このスポーツで対戦者がいるとすれば、それは己である。」
とかいう流れは他方で十分だと思うのでそちらに譲り、こちらでは相手のいる、実戦を考えてみる。

対人戦で勝負を分ける要因は、上記の「踏破レベル」だ。
たとえばレベル3を僕がやって出来なくて、その後対戦者がクリアした場合、明らかに対戦者の方が勝ちである。

このため、僕は「対戦者が登っている最中に相手の邪魔をする」という、ほにゃシップにそぐわないテクニックを身に付けた。

ただ誤解してほしくない点は、物理的な邪魔ではない、ということである。

マジックハンドで臀部を集中的に狙う。
ボルダにローションを塗っておく。

これらは、らららシップにそぐわない、というかこれからの人生を棒に振る所業であり、さすがにやらない。

邪魔は、主に「言葉」によるものである。


明日に続く。

あとをひくせかい

客「この、ラーメンセットひとつ。」

店員「すいません。今、ラーメンだけしかできないんです。」

客「じゃあ、ラーメンだけでいいです。」

店員「毎度ありがとうございます。」


店員「注文はいります。ラーメンだけです。」

厨房「はいよ。ラーメンだけ!!。」


客「あの、そんなに「だけだけ」言わなくても…」

店員「そうは言っても。なんてったって、ここは「あとをひくせかい」ですから。」

客「あぁ、そうでしたね。」


店員「はい、ラーメンだけ。おまちどうさま。」



客「うん。ラーメンだけって言われたから、なんとなく損した感じだったけど、おいしい」




客「ごちそうさま。お勘定は。」

店員「ええと・・・。お客さんは…、ラーメンだけでしたね。はい、おつり。」

客「どうも。」

真美「おかあさーん。冷蔵庫にあった、私のプリン知らない?。」

店員「あー、ごめん。さっき食べちゃった!!。」

真美「…その行為。あと、ひくよ?。」

客/店員/厨房「・・・。」

きな粉のいいとこ

僕が、「きな粉」の持つイメージや言葉の「なにかっぷり」をうまく引き出したなと思った作品は、今のところ吉田戦車の「伝染るんです。」のみだ。
おそらく他にも「きな粉」の存在を扱ったものはあるはずだが、残念なことに知らない。


「きな粉」。
いいね。

もちろん餅との相性が抜群であるとか、何か健康面でもよさげ、というイメージもある。


しかし、ここではその存在っぷりがいい、ということを感じてほしい。


たとえば、きな粉のついた食品を食べるとき、彼らは必ずこぼれる。
波打ちぎわに立てられた砂の城なみに崩れやすい。

また、信玄餅のたれや、餅の水分をうまく加えることのできなかったきな粉は、生体から異常なまでに水分を奪う。
そして、奪い終えると同時に、咳き込ませる。
龍角散なみに咳き込ませる。


このような背景からも、きな粉は何か他の食材(水分を多く含む)と合わせて使うものである。
そうすれば上記のような危険を回避しやすくなるのだが、その反面、彼らには調味料ほどのダイナミズムを持っておらず、その存在価値が薄れると思われる。

そのくせ、店頭では堂々ときな粉だけで、大量に売られている。
最近ではその利用するシーンを考慮してか、小分けに袋詰めされた商品も売られているが、その「きな粉っぽさ」は失われていない。


また、「きな粉」はなにも食に関する場面のみに登場するものでもない。


今、僕は黒いノートパソコンを使用しているが、いくら掃除をしても、数日間でキーボード上に「きな粉」みたいなものが認められるのである。

誰だ。
きな粉餅を食べながら僕のパソコンをいじったのは。


さらに「きな粉」の存在は、その言葉自体の持つ何かに代表されると思う。

「きな粉」。
何なんだ。この感じは。
きなって何なんだ。

「キナくさい」という言葉があるが、同じ由来なのだろうか。
それともどちらかがどちらかを参照したのだろうか。

どちらにしても、どちらも「きな」なのである。


僕のように「きな粉」がなんとなく気になってしまったら。
残念な事にきな粉には何の罪はなくとも、きな粉は悪役になってしまうだろう。

一般的なほこり。
きな粉である。

クッキーの食べかす。
きな粉である。

黄砂。
きな粉である。

胞子。
きな粉である。


もし、この世から「餅」が消滅したら、きな粉は
「ほこり」であり、
「クッキーの食べかす」であり、
「黄砂」であり、
「胞子」である、とは言い過ぎだろうか。


こうも「きな粉」を罵倒し続けてきたが、僕自身は「餅には必ずきな粉」だと思っている。
尋常じゃなくおいしい。

だが、きな粉餅を作ったときに余ってしまったきな粉には。
これまた困るのである。


※小さい頃、ダンゴムシの飼い方を調べていて、彼らは「おがくず(木屑みたいなもの)」を食べるということを知った。
もしもダンゴムシをきな粉で育てたら、すごく大きくなるんじゃないかと考えているが、実行していない。

セーラーフク ト キンカジュウ

タイトルを、人間は「セーラー服と機関銃」と読む。

しかし、よく見てほしい。
「機関銃」のところが「キンカジュウ」である。




「何だそれは。」

ごもっともである。

しかし、別に「キカンジュウ」に似せるために作った意味のない言葉ではない。


「キンカジュウ」
アライグマ科の哺乳類です。


なので、タイトルは
「セーラー服とキンカジュウ」。



ところで、僕は「キンカジュウ」のことをずいぶん昔から「キカンジュウ」と読んでいました。

ごめん。「キンカジュウ」。

僕はかなりの人に「キカンジュウ」っていうすごい名前の哺乳類がいるよ、と言ってきてしまった。

悪いことした。


このようなことがあったので、皆さんは「キカンジュウ」「キンカジュウ」を見たとき、どちらがどちらであるかをちゃんと確認してほしい。


でないと、「セーラー服とキンカジュウ」。


妙なコラージュの出来上がりである。

身の毛もよだつ

「毛がにフェア開催中!!。」
と書かれた旗がたなびく。

毛がにたちにとっては
「毛がにフィア開催中!!。」
だろう。

踵を鳴らす女

ひろし「で、お前のいう「とんとん七拍子」って、何だよ?。」

たろう「わかんない?。「三三七拍子」と「とんとん拍子」の中間だよ。」


ひろし「中間って・・・。あるのか?、中間。」

たろう「存在しうる二つの点がある限り、中間はあるんじゃない?。」


ひろし「何言ってんだ。まぁ、とにかく意味としてはどうなんだ?。」

たろう「イメージとしては、とんとん拍子ほど、順調にはいっていない感じはするよね。」


ひろし「まぁ、そうだな。」

たろう「そして、宴会とかでは、みんながいっせいに机を小突くイメージ。」


ひろし「はい、いきます。とんとん七拍子!!、って感じか。」

たろう「うん。」


ひろし「でも、どちらかというと「順調には言っていない感じ」のほうがイメージとしては強いかな・・・。」

たろう「すると、言葉としては「三三七拍子」よりも「とんとん拍子」のほうが、強いんだね。」


ひろし「強いって・・・。あるのか?、優劣。」

たろう「存在しうる二つの点がある限り、優劣はあるんじゃない?。」





・・・


ひろし「ん?。なんか、三三七拍子のリズムが聞こえてきたな。・・・ヒールかな?。」

たろう「・・・存在しうる二つの点がある限り、共有する部分はあるんじゃない?。」
リンク
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ