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精神年齢2

昨日からのつづき。

【あらすじ】
精神年齢が80歳なカレ。
で、何が彼をそう呼ばせるのか?。

※「精神年齢80歳」を司るものを、ここでは「80感」と呼ぶことにする。

=====
まず、多くの人が思い付くこととして「趣味、写経」がある。
確かに80歳臭のしそうな趣味だ。

また、盆栽、身体能力関連も見逃せない。
枝を間違って切っただの、足が上がらないだの「80感」を与えるのには十分だ。

だが、「80感」を出すものには、歳を取っていることならではの「落ち着きっぷり」や「悟り」というものもあるだろう。


すなわち、精神年齢が80歳なカレについて考える点で重要なのが、「80感」をどうとらえるか、ということである。

例えば何か、厳かな、畏敬な感じが「80感」であるとするならば、精神年齢80歳の彼はストイックで、確実に座禅を組み、鳥のさえずりに和み、杯に花びらが入る。

一方、年寄り的な、ほんわかな感じが「80感」であるとするならば、彼は確実にこめかみに見慣れぬ小さいパッチをはっており、さるまたまるみえである。

結局、精神年齢の情報だけを手に入れても、その人がどういった人物なのかは分からないのだ。


今回、話題となった「精神年齢が80歳なカレ」は、友人らしき人から、確かに精神年齢が80歳であると言われていた。
でも、それだけでは、彼が何をやったのか、わからない。

残念ながら、電車内での見知らぬ人らの会話なので、これ以上の進展は望めないだろう。

彼が、残ったご飯粒をたくあんでまとめて、一粒残すこともない人物風なのか。
コントに見られるような、地上を杖の先で打ちまくる老人風なのか。

永遠に分からない。
絶対分からない。

その友人らしき人は爆笑していたが、それもさるまたまるみえで笑っていたとは、断言できない。

「お前、高潔すぎて精神年齢80歳くらいに見えるよウヒャヒャ」

こうなると、当ブログ的には、もはや友人も無視はできないのである。
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精神年齢

帰る途中、こんなフレーズを聞いた。

「こいつ、精神年齢が80歳だからな」

精神年齢が80歳とは、具体的にどういうことなのだろうか。


・頭の中でものを考えるとき、すべて語尾が「?じゃ」になっている。
・脳がしわくちゃ。
・思い描く風景が、すべてセピア色。


と、これらは他人が確認できるようなことではない。


「俺、どうも考え事をするとき、心の言葉の語尾が「?じゃ」なんだよね」

本人がこう言ってくれたなら、彼の精神はアラエイーと言ってもよさそうだが、こんなことを打ち明ける人はあまりいない。

「俺、どうも考え事をするとき、心の言葉の語尾が「じゃ」なんじゃよね」

これは精神年齢が80歳ではなく、ただの80歳もしくは80歳を目指した何かである。


ともかく、こういったことではない、何か決定的な「精神年齢80歳」を司るもの(ここでは「80感」と呼ぶ)を出したがため、彼は精神年齢がそうであると言われたのだ。

さて、何をやったのやら。

転嫁

「○○のおかげ」といったら、何になるだろうか。

神さま、自分、社長、みなさん、森羅万象、オリゴ・・・。
こんなところか。

一方、「○○のせい」といったら、何になるだろうか。

・・・?。


入れようと思えば、あることはある。
あいつ、朝青龍、花・・・。

しかし、「おかげ」にされるやつほど、汎用的な「せい」にされちゃうやつはいない。
どうやら、「○○のせい」を考えるとき、人は漠然としたものに対しては責めることはできないようなのだ。


例えば、何か思いもよらないいいことがあったとき、「神様のおかげ」というのは、それほど変なことではない。
しかし、何か思いもよらない悪いことがあったとき、「神様のせい」とはあまり言わない気がする。

その悪い出来事の詳細を一つ挙げ、その原因に対して「○○のせい」と言うだろう。

これでは、何かのせいにしてもいい事を、何かのせいにしにくい場面も増える。
悪い出来事が詳細に分析できるとは限らないからである。
そしてそれは、ストレスになる。

だから、何でもいいから責任を受け持ってくれる何かを生み出したほうがいいのではないだろうか。


「嶋井さん」。
例で嶋井さんを考えてみよう。

この世の全てのいいことが「神様のおかげ」であり、「みなさんのおかげ」であったとしたら、悪いことは全て「嶋井さんのせい」である。

固有名詞としては扱われず、「なんだよー。電車遅れてるよー。嶋井さんのせいだよー。」といった使
われ方をする。
全ての責任を、曖昧にではあるが、受け止めてくれるのだ。


・・・やっぱ、人の名字はだめだよな。


「殿」はどうだろう。

「あー、サイフ忘れてるよ・・・。殿のせいだよな。」
何か力がありそうな分、責任転嫁のしがいがある、ような気がする。


「地球防衛軍」はどうだろう。

・・・あー、だめだ。
地球防衛軍は、ほんとうに「せい」であることが、多いや。

奇妙なプロット

毎年正月と言えば、ほぼだらりと過ごしていた。

しかし今年は違う。
遊びに出た。


先輩の家で鍋をやろうということになり、さっそく出向いた僕らは、到着するなりカニの甲羅むきを行う。
あとの晩餐で食べやすいようにするため。

砕くたびにほとばしるかにしぶきをやり過ごした僕らは、次に餅つき機というものを見た。

パンやうどんもこねる事ができるというそれのなかで蠢く餅は、それはもう生をなしていた。

僕が餅のことを知らないで、その蠢く白いものを見たなら、餅つき機ごと冷凍庫に放り込んでいたかもしれない。
僕は映画「ブロブ」を思い出していたのだ。

僕が餅のことを知っていて、本当によかった。


餅がつき終わるころには鍋の用意ができていたけど、まずはかにだった。

かにの食べ方は、人によって2通りあった。

足を一本ほじくって、それを食べる人もいれば、とにかくたくさんの足をほじくりまくって、それをストックする人もいた。

僕はストック側だった。


鍋ができた。
さっそくつつきあいが始まった。

かにで結構満たされていたけど、鍋もおいしかった。
餅が入ると、さらに正月さが増した。


鍋が終わるころ、次は甘味タイムだった。
手作りケーキにいちご。
僕はワッフルを持っていったから、それらが一同に僕らの前に来た。


それを食べ終えると、誰かが「お盆が来た」と言った。
お正月はちょうど来ているため、お盆が来ただけで十分なのだ。


スキューバダイビングをたしなむ先輩から、海中で撮影した生き物の写真を見せてもらった。
やっぱり、ウミウシなんだなあと思った。


膨れた腹を抑えながら、帰路につく。
ここまで正月らしいことって、そうはない。

広告

新聞のチラシやネットショッピングなどで、家電屋さんの広告を見るときがある。
このとき、テレビやモニタの商品を扱う部分に注目してもらいたい。

「広告は、画面に何を写させているだろうか」

多くの場合、黒い背景にその商品の名前だったりする。
一方、清涼感のある海の映像や風景、子供モデルや果実の画像だったりもする。


・・・そう。
少々落ち着きすぎなのだ、上記の人たち。

なんかもっと、こう!!。
のような気持ちにさせる。


ということで、例えば砂嵐の画像にをはめ込んでみたらどうだろうか。

そのネガティブな感じに反して、僕はそれほど売り上げに影響しないのではと考える。
なにか、実際その商品を手にしたときの使用感を表現しているような気がするからである。

むしろ一見ネガティブな砂嵐の画像をはめ込む試行は、今後の広告の方法を一変させる結果を生み出すかもしれないのである。
別に家電屋さんとしては、砂嵐の広告的効果を研究する意味はなさそうだが。


そうしたら、アツアツのピザの画像を載せるのはどうだろうか。
「そうしたら」の使い方が間違っている感もあるが、ピザ屋さんとのコラボである。

何気にかなりイケる感じがするため、あっさりと流すが、とりあえず「薄型」という言葉には、非常に相性が良さそうだ。


やっぱり、こたつで団欒している家族の画像か、ここは。

古きよき日本の家族。
そんなあくびの出る印象を持つやつは、もういない。

「なんでこの画像を採用したんだ・・・」

消費者は心奪われっぱなしである。


近いところでは、「むきかけのみかん」の画像。
「一方的な勝利目前のオセロ」画像。

そのほかにも
「店長の子供」画像。
「終了後の花火大会」画像。
「ほとんど売切れてしまっているコンビニのおでん入れ」画像。
「うりこみ中の演歌歌手」画像。
「カチカチに固まった瞬間接着剤の口部分のマクロ」画像。
「誰も乗っていないシーソー」の画像。


たくさんの画像たちが、広告に飾られるのを待っているし、へたすると、これから広告に飾られるためにたくさんの画像たちが生み出されるやもしれん。

2043年

このたびは、弊社の新製品ターパニャをお買い上げいただき、誠にありがとうございます。
ご使用になる前に、この取扱書を熟読していただき、正しい使用方法にて末永くご愛用ください。


◆使用方法
ぬるまゆに15分ほどひたしながらムビし、ほどよい柔らかさとなりましたら、ご使用可能です。
健全なターパニャワールドを、お楽しみください。

使用後は冷水にて15分ほど冷やしたのち、使用時に膨らんだ部分をならしてください。
その後、施錠の可能な格納庫にて、厳重に保管してください。


◆注意
・熱湯にひたすと、ターパニャとしての機能を失ってしまうため、熱湯でのムビはお控えください。
・腕から離れなくなった場合、すみやかにぬるまゆにひたしてください。無理に引き剥がそうとすると、怪我をする恐れがあります。
・粘着性のある部分にゴミが付くと、ターパニャとしての機能が低下します。使用しない場合は必ずキーパーを当ててください。
・ターパニャワールドは、使用者の精神状態に大きく左右されます。次の日が苦手な教科のテストである場合などは、使用しないでください。
・電気を流さないでください。本製品は、従来の電気を流す方式を採用してはおりません。
・舐めないでください。ターパニャ本体を舐めると、甘い味がしますが、それは毒です。舐めた場合、目に入った場合は医師に相談してください。


◆トラブルシューティング
・ムビの最中に、抵抗を示す。
→使用後、膨らんだ部分をならす作業を怠った場合に見られます。いったん、ターパニャワールドを起動した後、膨らんだ部分をきちんとならしてください。

・白い粉が浮き出てきた。
→ターパニャ特有のカビです。ターパニャは非常にかびやすいため、格納庫は風通しのよい場所に置いてください。かびたターパニャは、本来の機能を発揮できません。

・ムビしたが、うまくコネクトしない。
→ムビが不十分であると、うまくコネクトしない、一見コネクトしていてもコネクトを認識していない、という現象が見られることがあります。その場合、ムビを30分ほど行うと改善されます。

・赤い汁がにじみ出てきた。
→故障ですので、弊社サポートセンターまでお届けください。

・漂白剤のような臭いがしてきた。
→故障ですので、弊社カスタマイズセンターまでお届けください。

・使用後、いつも悪い夢を見るようになった。
→ターパニャとの関連性はありません。ゆっくりと養生なさってください。

・使用後、吐き気やめまいをおぼえる。
→ターパニャとの関連性はありませんが、次のご使用の前に、医師の相談を受けてください。

・使用後、頭の中で「いつまで生きているつもりだ」という声がする
→ターパニャとの関連性はありませんが、とにかく医師の相談を受けてください。

幻想動物生態・クリボー

完全憶測で、いるんだかいないんだかよくわからん生物を紹介する。

◆クリボー

和名:
くりぼー

生息地:
愛知県

足がはえ、緩慢だが移動も可能なキノコの一種。
キノコのかさ部分に目やまゆ、口があり、人の言葉を解すようなしぐさも見せる。

このような特徴からもわかるように、キノコでありながらその生態はかなり動的で、栄養を率先して獲得しようとする。

自然界ではトカゲやねずみなどの小動物を捕食していると思われるが、絶対的な生息数が少ない上、発見されたときは大抵踏みつけられた死体であることが多いため、その詳細は謎となっている。


上目づかいが非常にかわいらしいため、本来は踏みつけられることは少ない。

しかし、思い切り踏みつけると軽快な音を発するため、それが目的で殺傷されることもある、悲劇のキノコである。
また、毒もなく、目のまわりが美味であるため、それも生息数の減少に拍車をかけており、愛知では「キノコ王国を取り戻そう」キャンペーンを影で実施している。


目があるとはいえ、その性能はさほど高くなく、明暗が分かる程度である。
一方、目の上についた立派なまゆについては、その用途は不明。

一時は目を保護する機能を持つと思われてきたが、それほど性能のよくない目を、あんな立派なまゆで防御する意味合いが見出せないとの意見が、今は主流となっている。

口は肛門を兼ねており、「何かを口にしようとしているクリボー」の写真を見て、それが食事中か排泄中かを見極められることが、専門家として求められる一番の能力であるとされている。

ところが、その正解率は10数%と、なぜか50%を切るため、専門家の間では「クリボー一不思議」として、特に話題にならない。

ヘッドハンティング

えー。先日こちらの社員の方に、ヘッドハンティングされまして。

本日、こうして村長第2夫人のほうに飾っていただけることになりました、石川と申します。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

つみぶかきおとなたちえ。

今まで、僕は「笑うのは、人間にしかできないこと」という話を耳にし、まぁそうなんだろうと思っていた。

しかし、先日流れていたCMでは「ゴリラは子供のころは笑う」と言っていた。


ここで僕の食指に触れるのは、笑うことは人間以外もできるということや、ゴリラの子供の笑顔がどんなことになっているのか、ということでもない。

「子供」の扱いである。

どうやら子供は半人前、ちゃんとした個体ではないと思われていないようなのだ。

例えば、ヒトの赤ちゃんに、包装紙でプレゼントをキレイに包む能力があったとする。
そして、大人になると、その能力は消えてしまう。

本来、ヒトに対しての「プレゼント包装能力」を考える際、子供時期の能力はないがしろにできないと考えられるのだが、ゴリラの例からみた子供の扱いを鑑みると、どうやら「ヒトはうまくプレゼントを包装できない」となってしまうのだ。


「子供がプレゼントを、ぴしっとあまりなく包装する?。まぁ、子供だからね。」
「子供でしょ?。セロテープを使わずにゆるまず包装するの。でも、大人はできないからねぇ。」
「折り紙と勘違いしてるだけだよ。子供は、うん。」

こんな感じで、不当な扱いを受ける、子供のプレゼント包装能力。

と、あくまで上記のは、例。


ゴリラの例は違う。
ゴリラの子供は、ちゃんと笑ってくれているのだ。

しかし、子供扱いのせいでその能力は特に注目されることなく、末端の人々には「笑うのは、人間しかできないこと」ということになってしまっている。


いいのか、ゴリラの子供たちよ。
大人に大きな顔させていると、せっかくの「笑い能力」が隠されてしまうぞ。

怒れ!!。
ふがいない大人に。






ということで、晴れて「笑うのは、人間にしかできないこと」で、うまくいきそうである。

サガ2

最近で心躍る出来事といえば、真っ先にDSで「サガ2」が出ることである。
今、高揚している。


オリジナル、GBのサガ2は、それは面白かった。

エスパーがサイコブラストをおぼえる。
いやしのつえの、素晴らしい効果。
モンスターが「アンサラー」に変身する。
パーティ全員をモンスターにしてゲームを進めたが、ラスト付近で初めて四神がそろうことがないことが分かった。
ロボに初めて「サブマシンガン」を持たせる。
レオパルド2の素敵な威力。

た、楽しい・・・。

人間はあまり使わなかったなー。



DSにてクロノトリガーが出たとき、「なんか、また出たな」くらいに感じ、購入しなかった。
※しかしあるとき、ふと「あ、クロノトリガーやんなきゃ・・・」と感じ、結局やってしまったけど。


今度のDS版サガ2は違う。

「なんか、また出たな」が、もう20年近く前なのである。

よく出す気になったものだ。褒める。


まぁ、DS版がどうなるかわからんが、楽しみに待つことにする。

パーティ全員をロボにしたとき、しちしとうを手に入れるために、はどうほうではにわを倒す日々よ!!。
本当はもう戻ってきてほしくなかったが!!。
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