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カウントダウン

ディズニーのCDを聞いていたら、何か、年越しのシーンなのだろうか。
みんなでカウントダウンするところがあった。

そんなものが入ってるCDも不思議ではあるが、アニメやドラマ系の音楽媒体では、有名なワンシーンがそのまま音だけ入っていたりすることもあるので、聞いている人が恥ずかしい以外、特に影響はない。

問題は、そのカウントダウンが「25」から数え始める点だ。


そのCDはどうやらディズニーが25周年を迎えたときに作られたものらしく、ディズニーキャラクタがみんなで「25」から数え始めるのである。


「にじゅご!! にじゅよん!! にじゅさん!! にじゅに!! ・・・」


カウントダウンについて、正直あまり考えてこなかったが、これを聞いたとき、かなり長いなと感じた。
途中から早く言いたくなるくらいなのだ。


風呂場の親子かおまえは。
そいつらだって、子供に数えさせるのはおおかた「100」だろうが。



このカウントダウンのゴールはもちろん25秒後に訪れるわけだが、それにしても長い。

萎える。
こんなカウントダウンじゃ勃たねえよ。

カウントダウンでそうなってしまっても困るが、ある意味カウントダウンでそうなってないでどうするという見解もある。


それは置いといて。
この「カウントダウン25秒は長い」という感覚は、大抵のカウントダウンは「10」から始まる、という事実が影響してそうだ。



年末の年越し番組が思い出せない。
思い出せないが、1分前からカウントダウンって、たぶんやってないと思う。
たぶん10秒だ。

10秒なら、途中で諦めることはなさそうだし。
今回の25カウントダウンも、25周年からの特別仕様なのだろう。


さて、こうなると気になるのが、ディズニー26周年のカウントダウンである。

これについて僕は現在なんら情報を持ち合わせていない。
いないが、まあ10からでしょうな。
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何か。

ある本にある本の記載があり、その本にはこう書かれていたという。

「タコとは何か。それは吸盤である」

手元にその本がなく、詳細はわからないのだが、とにかくこういう旨だった。


なんともひかれるまとめ方。

タコは墨を吐く。

タコは手足がだいぶ多い。

でも彼のなかでは、最終的には吸盤で落ち着いた。

だからタコは吸盤なのだ。


確かにタコは、その手足の多さを考えてみるとやたらと吸盤が強調されているということもある。

よって、我々がタコの似顔絵を描くとき、最短で二重丸を書くだけでよいのかもしれない。


とはいえ、ここで重要なのは、やはりまとめ方だ。
当ブログでもどこかで使っているはずである。

「○○とは何か。それは××である」

もう午前2時なので、なんとなくこれで通す。

「イカリングとは何か。それはアクセサリーである」
こんな方向性。


=====

「速水もこみちとは何か。それはもこである」
もちろん多くのいい特徴があるのだが、どうしてもこれには。


「ショベルカーとは何か。それは地球のまごの手である」
安いな、このコピー。


「ハヤシライスとは何か。それはカレーである」
けっこう問題発言。


「トリックスターとは何か。それは有名手品師である」
名前だけで判断すると、むしろこうなる。


「生きることとは何か。それは生かすことである」
何かかっこよさげだが、内容はこれといってない。


「パイナップルとは何か。それはヘルメット置きである」
んだね。


「リモコンとは何か。それはこたつ常駐実現装置である」
んだね?。


「ハットトリックとは何か」
もういいね・・・。

静かの海

ごくまれですが、かなりなオチが生み出されることが、このブログにはあります。


確か「博士の愛した数式」では、例の元数学者が懸賞の問題を解く描写があった。
そしてその問題を解いたとき、彼は「静か」という心境に立つ。


程度の差はあれど、僕もナイスなオチがつくと、そんな感じになる。


「ああ、静かだ・・・」

「・・・うーん、静かだねえ」

「・・・」

「・・・」

「・・・んー」

「・・・いいね、すごくいい」

「やっぱりいい」

「それ、琥珀じゃなくてべっこうあめですよ、か」

「それ、琥珀じゃなくてべっこうあめですよ、だと!!」



このあとすごく滅入り、違う方向で静かになるのだが、それはまた別のお話。

古いこと2

昨日から。

【あらすじ】

「あなたの中で、何が一番古いですか?」
そう問われたとき、具合のいい返し。

=====
歯とか骨とか、髪の毛の先とか。
その辺で勘弁してもらいたい気もするが、がんばる。




「あなたの中で、何が一番古いですか?」




? おじいちゃんの遺骨

「たかし!!、またおじいちゃんの遺骨つまんだね!!」
自分の中で何が一番古いかを問われたとき、たかしは昔のことを思い出していた。

祖父の遺骨を食べた。
悪気はなく、むしろそのおいしさからのカニバリズムだった。

「悪いことしたなぁ、じいちゃん」
「でも、香ばしかったよ、遺骨」

たかしはそう思い、思わず微笑んだ。
そしてその笑顔のまま、問いに答えた。

「祖父との思い出です!!」



? へいわをあいするこころ

「だいぶ昔からあるんだわ、平和を愛する心」
「ものごころついた時には既にあったからね」

「え、けんか?。よくないよね」
「スカートめくり?。それはよくないねえ」
「ぬすみ食い?。だめだよね。」
「うそ泣き?。大人をだませるから、だめだよ」

三歳の頃にgetしたので、ひらがなのまま。
その意味も、三歳の頃のまま。



? まだない

出所直後にそんなこと聞くの、あんまりじゃない?。



? 宇宙

こう答える人は、正直ちょっと怖い。
人間小宇宙!!。
宇宙大人間!!。



? 小二のとき、八丈島に行ったこと

こう具体的な思い出を一番古いことだと言われると、かなり面白いと思う。

「小一のときのお前は、いったいどうしたんだ?」
盛り上がります。



? 三歳のとき、父親の帰りを母親と一緒に待っていたら夜遅くなってしまった。
「子供なのにこんなに夜更かししてしまっている」と思い、それまで見ていた時代劇から目をはなして時計を見たら22:05だったこと

これも具体的だが、八丈島の一件よりはなんだか悲しい。

「お前は22:05から始まったんだな」

十時ちょい過ぎの男、誕生である。




=====
うーん、だめだね。

「あなたの中で、何が一番古いですか?」
正解は何なんだろう?。

古いこと

「あなたの中で、何が一番古いですか?」
そう問われたとする。

これは何だかむずかしい質問だ。

まず、何を基準に考えればいいのだろう?。

例えば、私達の体を構成する物質を原子レベルで考えたとする。
代謝が激しくないような器官では、周りに比べて「古い原子」があるだろう。

「あなたの中で、何が一番古いですか?」

「腰の、この辺?。この辺の脂肪酸の炭素原子がちょっと、ね」
「うまいこと入れ代わり立ち代わりして、まだいるんだよね」

なんとなく腰が面白そうだったので腰にしたが、それにしても何が「ちょっと、ね」だ。
何を考えとんのだ、こいつは。んなことあるかい。


と怒ってはみたものの、まだ「あなたの中で、何が一番古いですか?」の考え方は解決しない。

そうだ。
生まれたときのことを覚えている、という人たちがいる。
本ブログでも以前触れたことがある。

そんな人たちにとっては、この質問は「生まれたときの記憶」で正解。
「急に明るくなった」や「産道超つらい」などのミニ体験を付加すると、大正解になる。


当方、生まれた記憶がありません。
そんな僕に「あなたの中で、何が一番古いですか?」が来たら、今のところ僕はこう答えるだろう。


東京ラプソディーのものまねですかね。
・・・あ、あなたの中で、何が一番古いですかなんて聞く、君が悪いんだからな!!。


ということで何でこんなことを記するのか。

もちろん、東京ラプソディーのものまねができたことをさきほど思い出したので、それを忘れないようにするためだ。




次回、なんとなく続く。
「あなたの中で、何が一番古いですか?」と問われたとき、こう返ってきたら「オニイサンヤルネ」の世界。

早口言葉2

昨日から。

【あらすじ】
早口言葉に内容を問うことはできるのか。

・バスガス大爆発→悲しかった。
・生麦生米生卵→悲しかった。
・坊主が屏風に上手に坊主の絵を書いた→そうですか。

=====
昨日は有名どころの早口言葉をいくつか挙げ、その内容を考えてはみたが、正直内容は悲しいだけだった。
今日は逆に、内容重視で攻めてみる。


「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」


平家物語である。
これを早口言葉にできれば、「早口言葉でありつつ、平家物語の出だしも覚えてます」となり、早口と内容をそこそこ両立した言葉ができるはずである。

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり!!」
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり!!」
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり!!」

どうだろう。
平家物語の面目、まるつぶれではないだろうか。
「諸行無常の響き」、ぜったい無さそうではないだろうか。

こう叫びながら下校する小学生がいたらすごくセンスあると思うが、早口×内容の観点からすると、ちょっとだめだろう。

他をあたってみる。


「ひとよひとよにひとみごろ ひとなみにおごれや」


2、3の平方根の覚え方である。
これを早口言葉にできれば、「早口言葉でありつつ、平方根も覚えてます」となり、早口と内容をそこそこ両立した言葉ができるはずである。

「ひとよひとよにひとみごろ ひとなみにおごれや!!」
「ひとよひとよにひとみごろ ひとなみにおごれや!!」
「ひとよひとよにひとみごろ ひとなみにおごれや!!」

どうだろう。
語呂悪すぎではないだろうか。
「おごれや!!」など、怒っているようになっていないだろうか。

テスト前にこう連呼する中学生がいたらすごくセンスあると思うが、ちょっと怖いよとたしなめるだろう。

最後。


「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」


日本国憲法 第9条第1項である。
話題になることの多いこれを早口言葉にできれば、「早口言葉でありつつ、平和主義の考え方に明るい」となり、早口と内容をそこそこ両立した言葉ができるはずである。

が、もうお分かりであろう。
これは早口にはなりえない文字数と内容なのである。

それでも無理に早口言葉にしようとしたとき、それはもはや早口言葉ではなく、暗記法の一つになり代わるのであって、同時になんとなくミスター梅介方面のにおいを出してしまうのである。




結論
早口言葉とその内容の両立はむずい。






追記

「合いの手早口言葉」で遊んでみよう。

「生麦生米生卵!!」→「お菓子を食べればいいじゃなーい!!」
「生麦生米生卵!!」→「お菓子を食べればいいじゃなーい!!」
「生麦生米生卵!!」→「お菓子を食べればいいじゃなーい!!」

こんな感じ。

早口言葉

なんとなく、早口言葉を作りました。

赤坂上次郎 青坂上次郎 黄坂上次郎


ところで、早口言葉と内容の両立は可能なのでしょうか。

例えば「バスガス大爆発」というやつがあります。

早口言葉としては楽しいでしょう。
しかし内容はというと、ちょっとという感じ。

また、早口言葉はたいがい、3回連続で言わなくてはならないことになっています。

「バスガス大爆発!!」
「バスガス大爆発!!」
「バスガス大爆発!!」

そんなぐいぐい言うことでもありません。
悲しい内容じゃあないですか。

ただ微妙なことに、本当に目の前でバスが大爆発を起こしたときにあわててしまい、意図せず連呼してしまいそうなところがこの早口言葉にはありそうなのです。

「え、何!?。どうしたって!?。」

「バスガス大爆発!!」
「バスガス大爆発!!」
「バスガス大爆発!!」

現場は騒然としています。



次に「生麦生米生卵」。

もう、早口言葉としても楽しくないでしょう。
内容も確実に戦時中で、悲しいことこの上ありません。

「生麦生米生卵!!」
「生麦生米生卵!!」
「生麦生米生卵!!」

物資が乏しい戦後などに叫ばれたのではないでしょうか。
その点、本当に悲しいことです。

それにしてもこの悲しさは、何が原因なのでしょうか。
「生」でしょうか。
「生」が悲しさ、切実さを生むのでしょうか。

「麦米卵!!」
「麦米卵!!」
「麦米卵!!」

これはこれで悲しい感じですが、既に早口言葉の意義は失われ、かつ「何ができるの?」「何つくってんの?」的な雰囲気が漂います。



最後に「坊主が屏風に上手に坊主の絵を書いた」みたいなやつ。

そうですかとしか言えないじゃないですか。
そして急いで言うような内容でもありません。

「坊主が屏風に上手に坊主の絵を書いた!!」
「坊主が屏風に上手に坊主の絵を書いた!!」
「坊主が屏風に上手に坊主の絵を書いた!!」


・・・あの早口言葉のもととなった、高い位のお坊さんが描いた絵、スタジオに登場です!!。
なんつて。


次回へ。

やりかた

「頭からしっぽまで余すところなく使われる」ことは、その食材を救済しているのだろうか。

こんばんは。
その灰色の扉を開けようとしたとき、鋭い光が入り込みました。
すると、その光は部屋の壁を反射し、天井に文字を刻んだのです。

「天井」と。

こんばんは。
今日はこんな感じだけど、よろしくね。

近頃すごく寒くなったよね。

どうにかなればいいのにね。

ね。

ところで、「納得いかなかったときに股間を触る男」という設定で、いいコントってできそうじゃね?。

ね?。

そうでもね?。

そうでもなくね?。

そうかもね。

問題!!

江戸時代の蘭学医、杉田玄白は何を学んだか?。

答えは「やりかた」でした。

杉田玄白はとにかく「やりかた」を学んだんだ。

だから玄白は「やりかた」がわかったんだ。

こんな、クイズ番組で最初にパネルを開かれちゃいそうな「やりかた」。

でも「やりかた」がわかっていれば、どうにかなるってのも、事実。

例えば「ワッフルの溝でおたまじゃくしを飼う」やりかたってあるよね。

そういうのだ。

「切符切りを鳴らす音で駅員さんの体調を判断する、昔ながらの」やりかたもあった。

「PSP goを使うっぽく、myloを使う」やりかたなんて、ちょうど今だ。

「坊ちゃんカットというだけで、マジックマッシュルームと呼ばれる」やりかたも人気だし。

「1chから4chに変えるとき、わざわざ12ch経由で変える」やりかたは殿堂入りだ。

「左手で右ひじのくぼんだところを押しながら、右手で鼻をつまむ」やりかたも健在。

何事も「やりかた」しだいで、それは偉大だ。

で、もうそろそろ終わっていいですかね・・・。

トリコロール2

昨日からのつづき。


【あらすじ】
2人のあらくれものがやみくもに「だんご3兄弟」を描いたところ、両者とも上から順に「普通の顔」「いばった顔」「困った顔」の表情を描いた。
なぜ同じ表情を、同じ順番に描いたのだろうかの今回。

ちなみに個人的な意見としては「だんご3兄弟」
長男・・・イーグル
次男・・・シャーク
三男・・・パンサー
です。

=====

全然わからない。
この内容でまたぐ意味があったのか、全然わからない。
でも考えてみよう。


そこで思いついたのが「3兄弟にリアリティを持たせたかった」説だ。


サイコロを3回転がしたとき、すべて1が出たとしたら、気持ち悪い。
鉛かなんか入ってるんじゃないかと邪推したりする。

その確率は他の組み合わせと同じだと分かっていても、数あるもののなかから同じものが3つ連続で来たら、どうも自然な出来事ではないと感じてしまうのだ。


それです。
3兄弟の、例の?。
あの、表情がどうこう?、っていうの?。


最初に「普通の顔」を描いてしまったら、次はなんだか違う表情の方が自然な気がする。
むしろ違う表情だった。
あんなに売れたんだ、同じ表情であるはずがない。

ということで「普通の顔」以外を描いてしまうのではないか。
そんな感じ。

そしてそれが三男を描く際にも発生、結果「普通の顔」「いばった顔」「困った顔」となったのです。


あさましい。
自分の絵に自信がないため、ありもしなかった表情でリアリティを無理くり作り出そうとするなんて。
だんご3兄弟であさましさが露呈するなんて考えもしなかったぞ。

しかし、ここでまた疑問が。

「数ある表情の中から、なぜいばった顔、困った顔がチョイスされたのか」

心情としては、この疑問の中に「いばった顔」「困った顔」の順番に対する解答がありそうな気がする。
すなわち、「いばった顔」のあとは、それに「困ってる顔」だろ、ということ。

しかし表情というものは、いばり困り以外にもたくさんある。

はちきれんばかりの笑顔があれば、はにかんだ表情というものもある。
沈痛な面持ちというのもあれば、ディスプレイに油がべたりとついたケータイを返されたときの表情というのもある。

そのなかで、「いばった顔」「困った顔」なのである。



正直なところ、なぜそれを複数の人間が「だんご3兄弟」にあてがったのか、もう本当にわからない。

ただ、「だんごにはちきれんばかりの笑顔」は絶対描かないことだけは断言したい。
ケーキは大丈夫だが、だんごにはちきれんばかりの笑顔は似合わないのだ。
同様に「はにかんだ表情」も、だんごにはどうかと思う。


これは、日本のソウルスイーツ(?)としてのだんごの、唯一の個性なのではないか。

「ケーキだー」と喜ぶ子供達。
対して「だんごだー」というのは、ちょっと想像しにくい。

例えば、だんごは怒られてふてくされている子供に合う。

「だんごでも食え」
こんなである。

このとき、与える側がケーキを選択したとすると、それは「ケーキあげるから、機嫌直しなさい。もう悪いことだってわかったんでしょ?」を意味している。

一方の「だんごでも食え」。

つっけんどんである。
背後にあふれる愛情があるのだろうが、それは一見ちらりとも見えない。
そんな雰囲気に、だんごはよく合う気がする。
その暗いイメージは、のりの黒か、あんこの黒か、こげの黒か、ずんだの濃緑か、みたらしの茶か、ごまの黒か。

・・・暗いの多っ!!。
ケーキに比べて、暗いの多っ!!。
とにかくだんごは暗いイメージが強い。


ともなると、だんごに対しての「普通でいばって困り」選択は、ひどく正常なのかもしれない。

トリコロール

先日、何らかの事情があり、だんご3兄弟を描くにいたりました。

流行っているころですら、それほど注目していなかったそれを、何の資料を参考にすることなく描くのは難しいと思われます。
しかし、出来上がったそれは「だんご3兄弟です」と近くに書いてあればそう認識できる。
どうにかそういったものを描くことができました。

なんとなく気を良くした私は、近くにいたものに「だんご3兄弟を描いてみせよ」と要求してみました。

すると、やはり「だんご3兄弟なんだろうな」という絵を、その人は完成させました。


このとき私は、その絵と私の絵に奇妙な共通点を見出したのです。

だんごの3つ刺さった串、だんごにはそれぞれ顔がある。
それは共通点として当たり前だと思ったのですが、問題はその表情。


だんご上から「普通の顔」「いばった顔」「困った顔」の順。
その表情の順が、同じだったのです。


この事実を考えるにあたって、私はまず「だんご3兄弟の歌」を思い出そうとしました。
確かそれは、3つのだんごそれぞれに性格があることを示唆するフレーズがあったように思ったのです。
しかし思い出せませんでした。
今でも思い出せません。

そんなものが私達のだんご3兄弟に与える情報は、ほぼ皆無でしょう。


次に考えたのが「だんご3兄弟の絵がそうなっているのではないか」ということです。
あまり注目しなかったにしても、何回か私達の目に「だんご3兄弟」は触れているはずです。

結局、そもそもそれが「普通の顔」「いばった顔」「困った顔」なのであって、それが今回の表情同様事件に影響しているのではないだろうか、ということです。

違いました。
調べてみると、「だんご3兄弟」はみんな、微妙な表情です。
やや笑みを浮かべているようですが、基本的には自宅風呂場の表情でした。

彼らの表情に「普通の顔」「いばった顔」「困った顔」の抑揚なぞなかったのです。


私の思いついた仮説は正解ではなく、この問題は暗礁に乗り上げました。

「だんご3兄弟を描いたとき、その表情はなぜ上から「普通の顔」「いばった顔」「困った顔」なのか」



次回、少なくとも解決だけはしません。
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