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サンキョー棒について2。

昨日から。

【あらすじ】
任侠ドラマなどで見かける事のある「パチンコの玉がくぎのあいだを通るかどうかを調べる棒 = サンキョー棒」の、かっこよい使いこなし方。

=====

何もおもしろいことを思いついていないのに、次回へつなげてしまうのが本ブログ悪いところのひとつ。
どうしよう。


1.自動販売機の下に小銭が入ってしまった人に対して「お困りのようですね」と、サンキョー棒を差し出す。

2.アイドルのコンサート終盤に、みんなでサンキョー棒を大きくリズムに合わせて左右に振る。

3.のどちんこの裏が炎症を起こしている際、医者が看護士にサンキョー棒を持ってくるようにと指示。

4.宇宙人が捕獲した人類へインプラントを行うとき、鼻の穴からアプローチできるかを確認するためにまず使用。

5.パチンコ玉部分が大小様々のサンキョー棒を用いて太陽系の惑星を説明する教師。

6.おりがみのプロが、おりがみの折り目をよりシャープにするため、サンキョー棒のパチンコ玉部分を使用。

7.ペンを使うのは本番だけにしたいので、ペン回しの練習用として使用。


=====
サンキョー棒は、本名ゲージ棒というらしく、両端にパチンコ玉がついているもののよう。
ふーん。。。
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サンキョー棒について。

何かのまんがだかドラマでみたことのある「パチンコの玉がくぎのあいだを通るかどうかを調べる棒」。
えんぴつくらいの棒の先端にパチンコ玉がついているような仕組みだったと思う。

あれはいったい何なのだろうか。

いや、何かというと「パチンコの玉がくぎのあいだを通るかどうかを調べる棒」なのだろうであって、もしかしたらぐりぐりやることで「パチンコの玉がくぎのあいだを通れるようにする棒」というのも兼ねているかもしれない。

しかし、あえて「あれはいったい何なのだろうか」。

名前は何なのだろうか。

「判定調節玉」とかだろうか。
それとも「ゲートセーバー」とか、かっこいい名前だろうか。
「サンキョー棒」かもしれない。

いくらなのだろうか。
そもそも一般的に販売されているものなのだろうか。

いや、販売はされていないだろう。
どちらかというと、パチンコ台のメーカーの人が独自に使用するだけのような気がする。

パチンコ台の調節なんて行わないような一般の人が、これを使うというシーンは考えにくい。

使えるとしたら、そのパチンコ台はいわゆる「まるみえ」なわけで、玉の調節どうこうよりも、そもそも指で入れたい穴に玉を入れてしまえばいいわけで、お客様感謝デーだ。

売られていないのだろう。


売られていないものを持っているというのが一種のステータスである、と思われる事が多い世界。
ふでばこの中にサンキョー棒が入っていたりするとかっこいいのではないだろうか。

スーツの胸ポケットで、サンキョー棒のサンキョー部分が顔を出したりしているとデキる男に見えるのではないだろうか。


いや、おそらく全然かっこよくない。
考えるに、あれを所持してかっこいいのは、やはりパチンコ台を前にしての仕事風景である。
お店がもうかり、しかもお客さんが平均的には楽しめるというぎりぎりの演出を施すシーンでのみ、かっこよくなるだろう。

まあここまで書いて、サンキョー棒の使い方が全然違っていたりすると申し訳ないんですけど。


次回
それでもこう使えばサンキョー棒はかっこいい、の話。

スープ割り

美容室に行ったあと、近くの大勝軒に行くのが通例となっている。
つけめんがおいしい。

そのつけめんについて気になるのが「スープ割り」と呼ばれるシステムだ。

つけめんがメニューにあるお店などでは、たまに貼り紙などで「スープ割りできます」と書いてあるのだが、実のところどういうことをしてくれるのか、全然知らない。

頼んだ事がないのである。

僕が考えている「スープ割り」は以下のとおりだ。

1.麺をつけまくったために薄くなったつけじるの濃さを戻すため、つけじるのもとみたいなものを入れてくれるサービス。

2.食べ終わったあと、残ったつけじるをおいしく飲むためにお湯を入れてくれるサービス。

3.つけじるを残した分、料金から割り引いてくれるサービス。

正直3は捻出なわけだが、1なのか2なのかは、知らない。

ならば試せばいいのだが、どちらかが分からないと、どのタイミングで「スープ割り」を所望すればいいのかが難しいのだ。

1を想定して「スープ割り」を頼んで、実は2なら、まだ麺を残した状態でつけじるがうすうすになってしまう。

一方、2を想定しての注文で実は1なら、スープ割りを注文したにもかかわらず、それにタッチする事なく店を出なくてはならないだろう。
インスタントラーメン発売当初の様相をつけじるで試みる事は、なんだか「スーパーサイズ・ミー」だ。


というわけで結局のところ、スープ割りはいまだ試せてない。
悔しいので、麺を食べ終わるのと同時につけじるもなくなる配分で食べようかと考えているが、これまたどうも「スーパーサイズ・ミー」くさくて、どうも。

寒さ対策

本日2回言われた「車でお越しですか?」。

僕は車についてはかなり疎く、車種とか全然分からないから事件の目撃者にはなりたくないと常々思っている。

なのに、なぜに車か。
それはどうも、薄着だからそう思われたよう。

いつか書いたかもしれないが、基本的には薄着である。
外出時に寒くない格好というのは、言い換えれば電車や店のなかでは過着になっていることだ。

暑苦しいのは苦手なので、その分を差し引いて、薄着。


車で来たわけではないことを知った相手は、なんだか腑に落ちない感じ。

「厳しかったときよりは、最近はあったかいでしょう?」

まだ納得いかないようだ。
こいつは寒さがわからないのではないだろうか。

となると、あとはこう言うしかない。

「ふるえも衣類の一部です」

言わないけど。

カサつく。

最近、はだがかさかさしてしようがなく、風呂上がりにスキンクリームを全身に塗る事にした。

ニベアクリームには「さらさらタイプ」と「しっとりタイプ」があるが、うちにあるのは「さらさらタイプ」で、ある意味今はさらさらで、今後しっとりさせたい派の僕としてはその力量が気になるところであったが、使用してみようか。


僕は小さい頃からクリームを顔に塗るのが嫌いだった。
とにかくべたべたするのが気に食わない。

しかし今、そんなことを言っていられないかさかさ感で、一部ひりひりするところもある。
「さらさらタイプ」は「しっとりタイプ」との比較ができないためか、そこそこべたべた感じる。
せっかく風呂に入ってさっぱりなのになと、とざんねん。


翌日、いまいちだった。
いちおうましではあったが、期待したほどの効果は見られなかった。

毎日使用するといいのかもしれないが、早々に見切りをつけた僕が次に考えたのが「ベビーオイル」だ。

商品を外見でしか見た事ないが、あのオイルっぷりはどうだ。
すごいじゃないか。


早速購入してきて使用してみたところ、そのぎとぎとがすごい。
不快感はニベアの上を行くが、かさかさには勝てない。

これを塗って寝てしまえば、翌日はにぎるとちゅるんってなるくらい、になっているはずだ。



<インターミッション>
本文中の4文字的のなやつを使った「ニベアタイプ」の考察

「かさかさタイプ」
ニベアを所持していないひと全般に見られる、デフォルトタイプ。

「さらさらタイプ」
本文参照。

「しっとりタイプ」
本文参照。

「べたべたタイプ」
商品イメージよりも、かさかさになやむ客のニーズを優先したタイプ。

「ひりひりタイプ」
鍵をかけて保管しなければならない試薬の一部に見られるタイプで、ニベアでない。

「そこそこタイプ」
商品の性能に自信はあるが、謙虚に振る舞うタイプ。

「せっかくタイプ」
鍵をかけて保管しなければならない試薬の一部に見られるタイプで、ニベアでない。

「さっぱりタイプ」
しっとりタイプを塗ったあと、その気持ち悪さに我慢しきれず、手を洗ってしまった感じのタイプ。

「ざんねんタイプ」
鍵をかけて保管しなければならない試薬の一部に見られるタイプで、ニベアでない。

「いまいちタイプ」
新商品として開発したが、試行上いまいちだったタイミングで商品化してみたタイプ。

「いちおうタイプ」
合コンで目をひく男性がいなかった女性陣が一斉トイレにて口々にする、主催者のことを慮ったタイプ。

「ぎとぎとタイプ」
チャーハンを作ったあとの、メガネの表面がよくなっているタイプ。

「ちゅるんタイプ」
なにげにこういう商品名だと結構売れるんじゃない?というタイプ。

</インターミッション>







翌日、かぶれてた。

かみなり

「一部雷の発生するところがあります」
こう天気予報で言われたとき、気になるのが「自分のところが一部に入るのかどうか」という点だ。

もちろん自分のいるところで雷が発生したら「ここは一部だったんだ」となるが、やはり雷の発生は事前にわかっておきたいところ。

「一部雷の発生するところがあります」

これは、そういわれた全域の人が「自分のところは一部に入るかもしれないな」と気にしておいてね、と留意させるための魔法なのである。



面白いのは、結局雷が全然発生しなかった場合でも、誰も雷の発生についてはっきり決定できないところ。

「どこかで雷が発生するかもしれません」という言い方なら、自分のところは発生しなかったから、「今日は雷なかったよね」となる。
しかし「一部雷の発生するところがあります」という言い方だと、自分のところは発生しなかったとしても、例の「一部」のところでは起きたんだろうな、と感じてしまうだろう。

そもそも言葉の意味自体も、かならず発生する訳でないことを示唆しており、実際発生しなくても文句いわれる筋合いはなさそうだが。



一方で気象予報士側としては、せっかく「一部雷の発生するところがあります」と言ったのだから、どこかでは雷が発生してほしいと考えているに違いない。


泣きながら「ああっ、あれはなんだ」と空を指差し叫んだ気象予報士の話がある。

そして「グレートマジンガーがサンダーブレークを放とうとしている!!」と言いながら自分の携帯電話をはちみつの瓶につけ込んだという。





ここまで全然おもろいところなかったが、今2つおもろいことがイメージできた。
①グレートマジンガーなのかマジンガーグレートなのか、全然わかんなかった。
②はちみつの瓶の中で着信する携帯電話はおもしろく、イメージもいい。

正直なところ、あまりマジンガーZには興味がなく、そのグレートとなると、グレートたる部分は興味なさだけになる。

「グレートマジンガーの劇中、グレートマジンガーは半分くらいマジンガーグレートと呼ばれている」
可能性はあると思う。

そして恐ろしい事に、「サンダーブレーク」なのか「ブレークサンダー」なのかもいまいち自信がない。
これも劇中、混ざっていたと思う。

自信があるのは「ブレークマジンガー」や「サンダーグレート」は違うという点だ。
なんか「ブレークマジンガー」はだめな気もするし。

そして今「雷の話しているときにサンダーブレークなんてキーワードが出てきて、展開楽じゃん!!」と一瞬思ってしまったが、サンダーブレークはまさに雷の話のときに自ら持ち出したもので、今日はもうだめね。

二点識別閾

人の能力というものをきわめて大まかにまとめてみると、それは「ふたつのものをひとつではなく、ちゃんとふたつと認識できる能力」であるとは言えないだろうか。

要は「分けられる能力」である。

例えばテーブルの上にある爪やすりと歯ブラシを「分けて認識」できず、ひとつだけ何かが置いてあるように認識してしまった場合、口の中がじゃりじゃりになったり、歯ブラシで爪をこする母を見て子供が怖がったりする。

もっとひどいと何もかんもが全部一緒のものとして見えなくて、なんかエヴァンゲリオンだ。


あるいは手に持った小銭が1枚なのか2枚なのかわからないと、レジでもじもじしてしまうし、銭形平次はグラディウスのダブルのように、特殊な場合を除いて前方への攻撃力が低下してしまう。

両方とも、分けられなければだめだ。


前者は目の分解能が関わっている。
例がでかすぎて何だが、たしか2つの点をどれだけ近づけたら1点に見えちゃうか、みたいなことだったはず。


後者は部位覚というやつが関わっているらしい。
体のある部分を2点で刺激したとき、それが2点からの刺激であると認識できる最小距離で、その敏感さが表されるそうだ。


「二点識別閾(二点弁別閾)」。

これだけだとなんかめんどそうだな、という感じもするが、さきほどの説明が加わってくると、なかなか味わいのあるものになる。

まず、試験の光景がすでに面白い。

もちろんどんなふうにやるのか知らないから想像しかできないが、まず2点を刺激するのは綿棒だろう。

綿棒でいろんなところを2点ぐりぐりするのだ。
プレイである。
また、「俺は綿棒なんかじゃ感じない」という被験者に対しては綿毛が用いられる。

そもそも、その2点に与える「刺激」というのは何なのだろうか。
すごくやる人に左右されるような気のするのは勘違いだろうか。


綿棒をとんとんとん。
まだ2点ですか。

ええ2点です。

じゃあこれは、とんとんとん。

まだ2点ですね。


なごやかムードである。


プロの試験者になると、どこをどう刺激しても1点としてしか認識されない、ウルテクを習得できるかもしれない。

つぼみたいなところをとんとんする。
見た目は足先と頭くらい離れているが、被験者はあまりの気持ちよさに、全身がしびれてしまうのだ。

これが言うところの「二点識別閾突破」である。
ただどうも想像してみると、やるほうもやられるほうもくすぐったい感じがしてしょうがない。
僕は、突破は無理だ。




全身の「二点識別閾」を表した図がある。

「うははもうわっけわかんねえ」とくすぐったさを我慢できずに叫ぶ。
この図の被験者がそうではなかったことが驚きで、ロボかなにかかと思う雪の夜。

髪が伸びてきた。

髪が伸びてきた。
かなりうっとおしいことになっている。

しかし髪を切りに行くのがめんどうくさい。
どうすればいいんだ。

もちろん、いつかは切りに行かねばならない。

昔「僕の髪が肩まで伸びて 君と同じになったら 結婚しよう」みたいな歌があった。

偏見が多分に含まれるが、男がそこまで伸ばすのは相応に長髪が似合う者でなければならないと思う。
そしてそんなにたくさんはいない、その者。

だから僕はこの歌を聴くたびに「女の子のほうは、相手の髪が肩まで伸びたら別れようと言うんじゃないか」と思ってしまうのだ。

逆に「僕の髪が床まで伸びて?」とかだと、それはもう何らかの強い意志が感じられ、願掛けみたいなことになっているだろうから、むしろいい。


どちらにせよ、いつかは切らねばならない。
美容室に電話してみる。

「早くて19時になっちゃいます」

よく言われる「夜に爪を切る事を戒めたのは、暗い中で爪を切る事で怪我をしてしまうからだ」というのが本当ならば、「19時に髪を切る」というのは自殺行為なのだろうか。

以前書いたかもしれないが、散髪中の人はきわめて無防備である。
美容師さん由来の殺意はもちろん、頸動脈を狙うねずみにすら勝てないだろう。

「じゃあ今度にしますわ」

延命。

押し引き

内外から同時にドアを開けようとする動作。
そこで押す力と引く力が等しくなり、「んっんっ」とドアを押し引きする彼らを「ドア越しのダンス」と呼ぼうか。

ガラスなどの「すけすけ部分」がないと向こう側に誰かいるのかもわからず、そもそもタイミングとして同時に開けようとするなんてことはあまり考えない。

しかも片方は「押す引く」を間違っていなくてはならず、「ドア越しのダンス」の難易度は高い。


このダンスの一番美しい終わり方は何だろうか。

ドアの開かないことを不思議に思ったお互いが鍵穴をのぞき、目が合う。
そんな終わり方だったら、僕ならすぐドアを押して相手の目にドアノブ直撃を食らわせて、そのあと終わり方を考えたやつの尻を蹴る。
ドアを引く側だったらすぐ引いて、のぞいたやつを叩く。
そうじゃないだろうが。
そして向こう側が見える鍵穴って、なんだよ。


お互いドアノブを回しすぎてノブがひきちぎれる。
これはなかなかいい。
ドアノブ跡の穴からお互いのぞきこむのも、これなら許せそうだ。

ドアが2つに裂けるのもいい。
なんか防犯にも今後役立てられそうだし、防火構造ですとも言えそうだ。
ドアが裂けてビルくずれるという展開もしみじみして良い。

ドアの開かないことに不信感を持ち、同時に鍵の修理屋さんを呼ぶのもファンタジー。
このとき、どうしてもドア内側にたまたまドアの修理屋さんがいたりすると、願ったりかなったりだ。
両側から修理にかかる修理屋さん。
そして片方が鍵を掛ける動作をするとき、もう片方が開ける動作をしてしまったりするのだ。
なんかすごい。

そのままダンスフロアで踊る二人の映像が流れるのもいい。
腑に落ちないなりに「ああそういうことですか」と妙に納得してしまったりするだろう。
「ああドアがなくなって、隔たりのなくなった二人はやっとダンスが踊れるようになりましたか」と。

二人はドアを開けるのをやめて去るが、ドアノブは両側ともべったべたというのもありだし、必死でドアを押し合う二人の彫像ができてもいい。


「ドアを押し引きするとどちらにも開かない事を、最初に証明した二人」
誰も試した事なかったんである。

繰り返しの理由

昨日からのつづき。

【あらすじ】
人が言葉を繰り返しているときとは。

=====

例えば前から歩いてきた人が「駐車料金駐車料金駐車料金」と口にしていたら、それはいったいなんなのだろうか。

僕は、人がなんか言葉を繰り返していたとき、それは以下の理由があると思う。


少しの間そのことを忘れないようにする。
なんらかの主張をしている。
歌詞にそうある。
何かの確認。



少しの間そのことを忘れないようにする。
お店に入ったとき、「仏花仏花仏花」と言っている人がいたとしたら、必ずその人は「仏花」を買おうと思っているが忘れそうだ、という人である。


なんらかの主張をしている。
先日も少し触れたが、子供が「ベイブレードベイブレードベイブレード」と叫んでいた場合、それはベイブレードが欲しいという主張と考えて間違いない。

これがもし「少しの間そのことを忘れないようにする」ためだとしたら、その子供は気を緩めるとベイブレードのことを忘れてしまうらしく、だったら忘れてしまえばいいと思うくらいだから、たぶん違う。


歌詞にそうある。
ヤーヤーヤーやららら、チューチュートレインのチューチューはこれにあたり、カテゴリ分けされているように「忘れそうだから口に出しておく」とか「主張」とかとはちょっと違う。

どれも忘れて問題ないものばかりだ。

一方で主張ともとらえられない。
夢で死んだおじいちゃんが賢明に「ヤーヤーヤー」と言っていたらどうだろうか。
それで「お盆のときにはおはぎをお供えしてくれ」ということにでもなるのだろうか。

とりあえず僕がそういった旨の夢を見てしまったら、間髪入れずに「成仏してくれ」と願うだろう。

「お盆のときにはおはぎをお供えしてくれ」

「成仏してくれ」

悲しいことである。
歌詞をそうとらえてはいけないわけだ。


何かの確認。
「鍵鍵鍵」と人が言うとき、それは鍵を探しているか、相手に鍵をかけたかどうか確認を促すシチュエーションである。
あるいは「お化けお化けお化け」はお化けを見た人が恐怖に震えながら発する事で有名だが、それは恐怖と同時にどうにかして相手にそれを伝えようとしているとも言え、内容を確認しているとも言える。




冒頭の「駐車料金駐車料金駐車料金」は、おそらく忘れないように、か確認だろう。
ぎりぎり「駐車料金を毎月手渡しにするくらいなら、銀行から直接経由すればいいじゃないか」という主張ととらえる事もできなくはない。

難しいのが歌詞である。
駐車料金と連呼する歌。
インディーズというものを良く知らないが、インディーズだろうか。
銭ゲバを良く知らないが、銭ゲバの主題歌だろうか。

銭ゲバだと考えると最後のカテゴリ、恐怖とその事実の確認ともとらえられそうだが、いかんせん銭ゲバを良く知らないもので、それが「駐車料金を払えないことで頭を抱えて冷や汗をかく」ような漫画かがわからず。
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