闘志まる見え

今、目の前にある虫さされ薬「キンカン」のラベルを見ていたら、「火気厳禁」の文字が。

確かに、あの塗ったときの揮発感といい、アンモニア臭といい。
燃えそうだ。

となると実行可能か気になるのが「虫さされフランベ」だ。
かゆみがより早くなくなりそうだ。

一方、キンカンは肩こりにも効用があるという。

「肩こりフランベ」はどうだろう。
スーパーサイヤ人みたいだ。

エネ

確かに、パチンコやゲームセンターと、省エネの相性はよくない。

例えばパチンコ屋さんが省エネになると、まずパチンコの玉が排出孔から5cmくらいしか飛び出ないだろうから、まずは排出孔付近をパチンコ玉で満たす作業が必要になる。

そして開閉するところは閉じたまま。
あの開け閉めにはエネがかかるのだ。

面白くない。

ゲームセンターだって、UFOキャッチャーはアームのにぎる力が弱くなる。
ぬいぐるみをなでるくらいになる。

エアーホッケーは油が塗られることになり、遊んだ後は手のひらがてっかてかになる。

面白くない。


しかし何より「相性がよくない」と言わしめるのが、BGMやゲーム機からの曲が流れなくなることだろう。

ジャラジャラ、あるいはカチャカチャという音のみ。
自分が今、何をやっているかを恐ろしく雄弁に語る「ジャラジャラ」「カチャカチャ」。
二度と行きたくなくなるかも。

ビロードツリアブについて。

虫を見る分には好きだが触れない。
気持ち悪いし。

そんなことを以前書いた。

しかし、見る分には好きと言えども、昆虫図鑑ではまず「ハエ、ハチ」のページは抜かす。

そのページに記載されている昆虫はほとんどハエ様であって、少しがんばればそこらで見られるから、いまいちグッとこない。
ときどきハエっぽくないやつがいると思えばそれは攻撃的な体色のハチなどであって、これはわざわざ見たくない。
このような理由により、ハエ、ハチのページは閑古鳥がそれらをついばんでいるのである。

ところがたまたまハエ、ハチページを流し見したとき、気になるやつを発見した。

ビロードツリアブという、残念ながら話題になっているハエ、ハチではない感じのやつ。

ただ、こいつは他のハエ様とは違った。
口が長いのだ。

体はハエ様だが、口が長いので他のやつとはかなり違う印象を受ける。
調べてみるとその長い口で花の密を吸うらしい。
よかった何かの体液でなくて。

とにかく唯一、このビロードツリアブはハエ、ハチカテゴリで印象に残ったものになったのである。




そしてこないだ。
サイクリング中に見つけた廃れ気味の神社でこのアブを見た。

ビロードツリアブは地面すれすれをホバリングしながら飛行し、ふらふらしていた。
この手のアブには、ホバリングフライと名付けらたものもいたはず。
ちゃんとホバリングして、えらいやつだ。

そしてこのとき、僕はそいつの口の長さよりも気になることがあった。
ホバリングしているアブの下にある枯れ枝のかけらとか落ち葉の破片が、動いていたのだ。

どうもホバリングしている風圧を受けているようす。

要は、ヘリコプターが着陸する際の、周りの人の風を受ける感じのことが、このアブ周辺でも起きているということだ。

当たり前なことなのだが、いかんせんアブのやることである。
枯れ枝や落ち葉は、律儀に風を受けてなびくことなんてない。

でもなびいている。
アブの陰に沿って、風を受けている。

そもそも陰だ。
アブ程度のことで、わざわざ陰もできることないじゃないかと思う。

ここでアブの陰ができていなくたって、誰も太陽をとがめたりはしない。
だけど陰はアブに従って動いている。

僕はこのアブのことを、この神社で恐ろしく自己主張している怪物のように感じてきた。

陰も作るし風圧でものを動かす。
そして何より口が長い。

神社、廃れている。
僕、50段くらいの階段を上ってきたので役に立たなくなっている。
なんか分が悪い。

とにかく口が長いんだ。
陰もうっすらとその長さを表している。

そして何を、陰を作っとんのだ。
羽音もたてないで、下の枯れ枝を動かしとんのだ。
滞空しとんのだ。
ああ、あっついなここ。


ということで、ビロードツリアブはより印象に残るやつになったのである。

フリスク胃にしみるの巻。

忙しかったりすると食欲が失せる。
そのせいで1日をフリスク1箱で過ごしたりすることもあり、よくない。

まず1日でフリスクがなくなるのは、よくない。
食事として数えるにはアレだが、フリスクとしては食べ過ぎだ。

そして1日それだけでも一見、問題なく過ごせているのがよくない。
こういうのはたいてい、どこかががんばっているから「一見問題ない」なのだ。

ともかく4食を抜いている。
プチラマダンである。

そして忙しい分には空腹を感じないので「このまま長い間食事をしなくても大丈夫かもしれない」と変な期待をしたりした。

しかしちゃんと翌日には腹が減ってしかたがなかったので、かったい鳥丼をおいしく食べた。




「尿意を我慢することで膀胱を膨張させ、それにより胃を圧迫、満腹感を得る」
そういう方法はあるのだろうか。

というのも、プチラマダンのときはトイレに行く時間も惜しんでいたりするので、そういう作用もあるのかと考えたのだ。

どちらにせよ、今回の話題は不健康なことばかりで、そうでないものと言ったら「かったい鳥丼」くらい。
噛み合わせ良くなりそう。

失ってこその最良。

「あなたですか、雌雄同体の研究をなされている方というのは」

「はいそうですけど」

「どんな研究なんですか」

「雌雄同体というと、読んだ通りメスであり、オスでもあるということです。カタツムリやミミズがそうです」

「彼らにはオスとメスの区別がないんですか」

「区別というよりも、両方の特徴を持っているんです」
「そして僕の研究というのは、雌雄同体をメスとオスに分けてみようというものなんです」

「といいますと」

「単純にオスの生殖器官、メスの生殖器官だけをそれぞれ発現させるだけではなく、その行動や長期的な繁殖なども視野に入れての雌雄分離計画になります」

「このことで、多くの生物が雌雄に分かれている理由を、様々な観点から見ることができます。また、少し突飛ですが逆の発想で雌雄異体の種を雌雄同体にすることへの応用も可能かもしれません。例えば畜産業にて雌雄同体の牛を開発できたら、クローン技術とはまた違った生産性向上技術となります」

「すごいですね」

「ただ、単純に「性別のなかったものにそれを与える」という行為に何とも言えない魅力を感じている、というのは否めません。確かにすごいですよね」




その後研究は進展し、メスのカタツムリ、オスのカタツムリが誕生した。
彼らは雌雄同体の個体と同じように食べ、成長し、生殖活動を行い、雌雄だいたい同じ割合で増え。
順調に種を保存し続けるように見えた。

しかしなぜかその繁殖能力自体はオリジナルに比べて劣っており、個体数は増えなかった。





「こんにちは先生。また来ましたよ」

「ああどうも。こんにちは」

「その後の研究はどうですか」

「いやあ。いい感じなんですけれど、一方では行き詰まってしまいまして」

「雌雄異体の個体は取得できたんですが、どうも繁殖能力が低い。生殖活動は行うんですが、とにかく増えないんです」

「それは不思議ですね」

「そう。でも、なんとなく理由がわかりましたよ」

「なんですか」

「ベターハーフって知ってます?」

「いやあ知りません」

「今度調べてみてください。で、何となくわかったというのは、彼らはずっと雌雄同体だったから、それはもしかしたら常にベターハーフと一緒だったとも言える訳です。しかし今度の研究で、僕は彼らを引き離してしまった」

「だから雌雄異体となった検体たちは、永遠にベターハーフを失ってしまったようなものなのかもしれない訳ですよ」

ロマンティックが見当たらない。

こんなことを聞いたことがある。

「海外では、うま味という味覚は確立していなかった。一方、日本人はダシなどでうま味を味覚として既に重要視していた」みたいな。

もちろん全てがそんなことないのだろう。
しかし日本人がうま味成分を単離、味蕾にもその受容器官の存在がわかったということで、なんとなく「日本人、うま味のこと知ってましたぜ」的な誇りが私たちにないとは言えない感じではある。

この感じをどこからか受ける度に、僕は「ロマンティック」という言葉を思いだす。


「確かに、俺らの国ではうま味という考え方はなかった。しかし、日本にはロマンティックはあったか?」

今ですら、ロマンティックを日本語に訳すと「ロマンティック」なのではないだろうか。
確かに、当て字や他の言葉で置き換えたりもできるだろうし、しているだろう。

しかしそれも、もしかしたらロマンティック発祥国(フランスとか?)での「ロマンティック」の全てを網羅できてはいないのではないだろうか日本の「ロマンティック」。


「ロマンティックの、あの体温のような心地よさがちゃんとわかっているのかねえ。いや、そもそもこの日本の文章でちゃんと表そうとはしているんだけれどもね」

そう言われたら、僕は今後ロマンティックという言葉を使っていく自信がない。


うま味は分かっているが、ロマンティックのない国。
うま味は分かってないが、ロマンティックのある国。
双方はこういう関係なのだろう。

どちらがいい、いけないということはないが、なんだか原初的な選択ですね。






グラスの底にさらさら光る、MSGの砂浜とワインの残り香。


あー確かに僕にはロマンティックないわ。

哀愁の鮮度

先々日、哀愁という言葉を使っていて気づくことがあった。

ということで、何かを失ったことに対する哀愁は、僕らが思っている以上に哀愁を感じなくてはいけないものなんである。

結論を先に書いてみた。

これで「んだんだ」となってくれれば、僕も結論を先に書いた意味があったというものだ。




ちなみにこちら、流れ。

①いつか書いたかもしれないけど、確か人類というのは地球に誕生した生物の平均的な「種の寿命」をけっこう超して、現在に至っているという説がある。

②種の寿命を超している現在の人は、いうなれば人類下降線上にいると言える。

③ものが失われたことに対する哀愁というのは、一般的に後世では認識されないものである。
例えば洗濯板。その存在となくなった時期はわかっているが、「なくなったがそれを懐かしくいとおしむ時期」というのはなく、認識されないはずである。
まだ今はあったとしても、さらに時間が経てば、それは「あったこととなくなったこと」のみの認識となる。

④人類下降線上にいるものが後世に伝わらない悲しみを持つ。これが「何かを失ったことに対する哀愁」であり、その実態はほぼないに等しい。

⑤結論にいたる。


いたっちゃったよ。

田村8

タロットの絵柄に被害者が模される、猟奇的な連続強盗事件が発生。

これを「タロットの絵柄が変われば事件は起こらなかったはず」と読んだ金田少年は一路、タロットカードが生まれたあたりの時代へ!!。

=====

「あのーすいません。大アルカナの絵を描いている人ってどなたですか」
「あそこでコーヒー飲んでる人だよ」


さっそく金田少年はその男に事情を説明し、絵柄を変えてはもらえないだろうかと相談した。

「ひどい事件なんです。太陽を模した事件では被害者が日時計の中央に拘束されていたし、星を模した事件では被害者の周りにまきびしがちりばめられていたり」
「まきびしが何なのかはわかりませんが、絵柄を変えるくらいならいいですよ」

と、金田少年は男の前に置かれていた、描き途中らしきタロットカードを見て驚いた。

「ちょ、ちょっと待ってください。この田村というのは何ですか」
「え、田村ですよ田村」

「ちょっと見せてください。・・・ジャスティスがないじゃないですか。正義」
「何ですか正義がないって。風刺ですか」

「そうじゃなくて、正義の変わりに田村なんですよ」
「何ですか正義の変わりに田村って。田村の擁護ですか」

「いやそうじゃなくて」
「いや言い過ぎではないですよ。正義の変わりに田村ってのは。ええ」

「どういうことですか」
「いや田村のやつ、本当にすごいですから、やっぱり」
「だから大アルカナのひとつに入れたんですよ」

「本当に田村が大アルカナなんですか」
「みんなと話したんですよ。やっぱり田村は入れておきたいよねって。もう8対2くらいで田村でしたよ」

「いいえ正義にしてください、正義に」
「そんなに怒らなくても。まあいいですよ。仕方ないですね」

このとき、金田少年は歴史の改ざんをしてしまったかもしれないことに罪悪感を感じていない訳ではなかった。
しかし後世ずっと正義が田村であることへの不信感。
そして結局どこかで田村が正義に変わっているだろうことを考え、強気に要求したのだ。

しかしそんなことを忘れてしまうくらいの絵柄が、大アルカナの中にあるのを気づいた。

「まだです。まだあります。これなんですか」
「吊された男」
「吊された男?。ああこれですか、鬼六です」

「ちょっと待って、言いたいことたくさんあるから」

「まず、事件です。事件のことがありますので、被害者の傷は小さくしたいのです」
「はい」

「そして絵柄、ね。これ和服の女の人が大変なことになってるから」
「はい」

「そして鬼六ね。これ全部まとめて絶対絵柄変えて。そして名前も吊された男にして」
「結構絵を描くの大変だったんですけどね」


そののんきな言い訳に、金田少年は怒鳴らずにはいられなかった。
「花と蛇知ってんなら、まきびし知ってんだろ!!」

寝かせ時

「それは今寝かせ時でしょう」と言われるものがある。

「へぇボタン」

ちょっとこういうのは苦手だが、がんばって例を出してみた。

「へぇ」と発するボタン。
それは一時期、堤防のフナムシ並みに大量に見かけられた商品だ。

しかし今、それを自慢げに取り出しボタンを押して具合を伺うという勇気を持ちあわせている人はあまりいないだろう。

それはもはや「流行遅れ」という言葉だけでは片付けられない、「寝かせ時に入っている」という雰囲気を出していることが原因としてあるだろう。


寝かせ時とは何か。
何のためにあるのか。

それは細かく分けると4種類あるだろう。

①時代錯誤の落差を楽しむための助走
②懐古の楽しみ
③会話のイニシアチブをとるためのツール
④もう思い出したくないもの

びっくりした。
どうにか4種類出るものである。


①と②はわかりやすい。
「うはーそれずいぶん昔のやつじゃん!!」と飲み会などで楽しむのが①。

それに比べて②は哀愁が漂う。
「ああそんな時代がありましたね」「昔、人間はそんなものを作っていたんですね」。

③はいわゆる「俺は昔のあんなことも覚えてるぞ」を主張するためのもので、寝かしたことはできれば自分しか知らない状態でなければならない。
そして、ここぞというときまで、誰にも触れられたくない。
私感だが、「へぇボタン」には、ここぞというときは結構あると思う。

そして④。
寝かせておいて、そのまま起こさなくてもよさそうなものが世の中にはあるということだ。
これをある人は失敗とするだろうし、ある人は不可侵の神聖な思い出とするだろう。

しかしどちらにせよ、④はどこかにあるらしい埋蔵金だとか、未見の古酒を彷彿とさせる。
M資金に関する事件を鑑みても、何気にみんな大好きなのは④なのかもしれない。

21

先日が野球の応援歌の話題だった影響を受けてか、「江夏の21球」というのを思い出した。

確かノンフィクションだったが、読んでない。

ということで内容が分からないので、「江夏の21球」が今、ライトノベルとして登場したとき、タイトルはどんなだろうかを考えてみる。


「アンダースロー探偵団 本日営業中」

「君にだけスイッチヒッター」

「あまなつバックスクリーン」

「まさひろの受けバット、ひろしの受けボール」

「ハートへの1000本ノック 393本目」


あれ、ライトノベルってどんなんだっけ。
いかんせん、読んだことこちらもないので。

そして僕、まだこんなんだっけ。
いかんせん、疲れておりますので。
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