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感謝祭その2

昨日から。

【あらすじ】
献血のとき、血を抜かれると気持ちよかった気がする。

=====
献血で管を流れ抜かれゆく血を眺めながら、僕はあることを思い出していた。

「弟切草」。

スーファミであった、ほぼテキストを読んでいくゲームだ。

基本字を読み、ときどきがこーんと雷が鳴ったりききいとトビラが開いたりの効果音。
そしてまれに選択肢。

分岐点でどのような選択をしたかによりエンディングが変化するこのゲームを、正直他意がありつつもやっていた。

その詳細は省くが、なにやら怪しげな洋館に迷い込んだ男女ふたりが、うまいこと脱出できたり片方死んじゃったり、ピンクになったりする。



思い出したというのは、このゲーム内で語られる一説。

それはなんかまぁこう、いろいろあって主人公が屠殺じみた目、首を切断されそうなことになってしまったときのこと。
こんな旨のフレーズが出てくるのだ。

「首を切断してもそんなに痛くない。むしろ血が抜けていくのが気持ちいいという話もある」

確か怪物くん一家みたいな連中がおり、そのうちのひとりがそんなことを言っていた。
首切りのピンチのときに、何をのんきなことを言っているのだという気もするが、彼らなりの礼儀なのだろう。


さて、気になるのはその真偽。

もちろん試そうとなっても、一世一代の大勝負としてはあまりにざんねんであり、体をはる気にはならない。

昔、斬首刑か何かで死にゆくものに「首が切断されてもどんだけ意識があるか知りたいから、切られたあと、何か合図してくれ」と頼んだ人の話のあったような気がする。

興味がないわけでもないが、ちょっと頼みづらいだろうそれ。

「どんな合図をすればいい?」
「切断面から血をどっぱー出すとか」
「それ調節できなくね?」
「声を出す」
「出るかわかんないよ?」
「だっふんだをするのはどう?」
「それは悔恨の念が残る」

確かまばたきをしたんだっけかな?・・・。



ああ違った。
「首を切断したとき、むしろ気持ちいいかも」という点についてだ。

んなこたないだろう、と考えてみるが、結局それまでだ。
それに屠殺というのは、その「うわー」な見た目とは裏腹に、相手への苦痛が思いのほか少ないと聞いたことがある。

どうなんだろう。

ただ一ついえるのは、まあ死にたくないなということくらいだ。

というのを、献血時に考えていた。
首切られてどうこうは、やはりちょっとダメ話題だな、でももしそれが気持ちいいかどうかってなったとしたら、どう調べればいいんだ。


「恍惚の表情をするのはどう?」
「それは悔恨の念が残る」


悔恨の念が残るそうである。

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