精魂

精魂こめて作るというのは、たいていいい意味だ。
しかし、世の中には「精魂こめて作ってはいけない」ものもあると思う。


●あらびきソーセージ

もちろん「精魂こめて、あらびきソーセージを作りました」で、いかに手をかけたか、おいしそうかが「精魂」で十分に表現できている。

しかし何%かはこう感じないだろうか。

「あらびきじゃなくなっている気がする」
「もうムース状なんじゃないだろうか」

少々手を抜いたような、あるいはあらくれた感じのようなものを「あらびき」に求める人なら、「精魂こめて作ったあらびきソーセージ」は油断ならない食材になっているのかもしれない。


●土のう

これだって「精魂こめて作った土のう」で、何か普通の土のう以上の効果を生み出しそうな気もする。
しかしなんといっても「精魂こめる時間があるのか」という点が気になる。

土のうが必要なとき。
それは時として迅速な対応に用いられるため、十分な設計(?)はもちろんだが、精魂まではこめないほうがいいんじゃないか。
何か別のところにこめたほうがいいんじゃないかという気にもさせる。


●ウェディングケーキ

異論あるかもしれない。
実際、精魂こめて作られないほうが困る。

でも考えてもらいたい。
「精魂こめて作ったウェディングケーキ」

ちょっと最初の共同作業の対象にしにくく、要は切りづらい。
司会の人も気を使って、必ず言いそうである「切るのはもったいないですが・・・」。


●わら人形

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