遺恨

ある関係にとって本当の利益というものは、両者が得をすることで、それぞれ単位の異なるものとして生まれるものである。

単位が同じだと、残念ながらそれはただの優劣になってしまい、ちょうどその差分、少ない側には遺恨が生ずる。


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え、そうっすかと下手に出たくなるようなものが、メモにあった。
なんだこれは。

内容。
ほとんどあてはまらない気もするが、そうでもないのか。


例えば、ここでいう単位というのはほとんどお金のそれと考えて差し支えないだろう。
となると、この世で遺恨に侵されていないものはキャノンくらいなんじゃないかってくらい、遺恨だらけになる。



「はたしてそうかな!?」



今、マントを装着した、すっごくかっこいい人が意味深なセリフを残して2階にいる僕の目の前を横切った。



はたしてそうかな?
もう一度考えてみたまい!



そういう意味だとしたら、何に対してもう一度考えるべきなのだろうか。

いや、考えるまでもない。

「遺恨をニコンに置き換えてのひとねたとしてはそれ、いかがなものか」
これだろう。

しかしマントを装着した人にそんなことを言われたくはない。
僕だって懸命に「遺恨でひとねた」を考えたんだ。

でも、いまいちだった。
いまいちだったものをここでリストにするのも遠慮したいくらい、いまいちだった。

もうキャノンのくだりだって、すでにそれは僕のあずかり知らんところのものになっているんだから。

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