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軍艦1億2000万乗員 その1

「いくら」を惜しまず使用というフレーズで気になるのは「いくらを惜しむシーン」について。
あるいは「どれほどのことをやれば惜しんでいないことを示せるか」というのもある。

もちろん両者とも、食べ物を粗末にするようなことは問題外。
食べ物はいつだって惜しまれなければならない。

しかしそれを踏まえたうえでも、相応に考えられることはあるだろう。

いくらを惜しむ。

上記の鉄則を自然界にも当てはめるのであれば、いくらを食する生き物全ては「いくらを惜しみながら食べて」いるのだろう。

自分にはもったいない。
でも食べなしかたがない。

あるいはそうやって食べられていくいくらたちを目の当たりにする海の女王的なもの。
摂理とはいえ愛おしいいくらたちがひょいひょい食べられるさまを見て、女王的なものは何を思うか。
命の消滅を惜しみ、目に涙。


しかし安心してほしい。
たぶんだが、海の女王的なものの涙はいくらなので、収支ゼロだ。




なんだか以前、人工いくらのことをテレビで見た。
それはひどく本物そっくりで、おいしいのだそうだ。

おいしくて本物そっくりなのなら、わざわざ卵を食すことはない。
なんとなくレンネットを思い出させるこの話は、同時に「いくらが惜しいシーン」そのものとも言えそう。



いいんだ、いくらなぞ人工で。
いくらより先のステップは人工でまかなえないけど、まあいいじゃないか。

でも「人工いくら」と聞いて、「うんと、1億2000万人くらい」とか思いついた今の自分は、まあいくないね。



明日、「こんだけのことをやれば、いくらを惜しんでいないね」をやってみるつもり。

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