ファンになりたい。2

昨日からのつづき。

【あらすじ】
何かのファンになりたい。

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考えてみると、例えば僕は「夕食ファン」ではないだろうか。

ほとんどの場合で、毎日夕食を欠かさない。
その必須な感じが「ファン」ではないだろうか。

しかしこういう反論があるだろう。

「ファンは生きていく上で必須でないのに、それを欠かさないようなことを言うのだ。本当に必須なものは「しかたない」だ」

必須なものは愛好の対象外である、という考え方だ。

この考え方だと「呼吸ファン」や「見ファン」「触ファン」なども「ファン」ではないというレッテルを貼られてしまう。


しかし本当に、必須なものは「しかたない」だけなのだろうか。

すでに挙げているように、呼吸は生きていく上で必須だ。
しかし「さわやか高原での深呼吸」はどうだろう。
必須プラス何かの影響で、それは「しかたない」どころか好んでやってしまうのではないか。

あるいは見ること、触ることは必須に近い。
だからといってその全てをしかたなしにやっているとは到底思えないのである。

もちろんこれらを細分化することで、前提を保持しようという考え方もできる。

「今挙げられた例は、深呼吸ファンであり、好条件下でのみ見ファン、触ファンである」
「それらは必須ではないから例外的にファンと見なせるが、やはり呼吸、見、触自体はファンとは見なせない」


「消費ファン」はどうだろうか。
生きていく上で、消費者たる我々にとって消費は必須で、毎日その才能をいかんなく発揮している。
それは単に「しかたない」のだろうか。



例えばデジモノステーションとか?。
いやあ好んじゃうけどなあ。

必須じゃない消費なのか?。
本当にそうかなあ。

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