ファンになりたい。

社会人としての世間話で言われているらしいのが「宗教、政治、野球は持ち出すな」で、もちろん例外その他多そうだけど、案外的を得ているのだろう。

どれも個人的、かつ理由はともかく固執しやすいものばかり。


そのなかでも一番「軽め」と思われるのが「野球」だろう。

「ファン」と呼ばれる彼らは、歴史上で球団間に起こった事件ですらあたかも自分たちの問題であるかのごとく扱うことがある。
それが重度である可能性も考えると、むやみに「ドアラきもい」とかは控えた方がいいのである。
いや、ドアラきもいは褒め言葉か。


先日、「ファン」という言葉を使ったとき、自分はあまり何かのファンであったことはないなと、がっくりした。

ゲームは好きだが、最近は30分くらいやればもう十分という気分で、1日1時間のノルマも達成できない。
読書もあんがいだが、最近は発売日に買うような本を、そもそも調べない。

何かのファンなら、その対象の挙動に一喜一憂、もう少し日々が楽しいような気もする。

知人がアイドル狂時代だ。
口を開けばももクロももクロであり、楽しそうだ。

今から僕もファンを始めることができるだろうか。
ファン初心者に向いている「対象」はなんだろうか。
いろいろあるからな、対象。






そのなかでも一番「重め」と思われるのが「宗教」だろう。

「信者」と呼ばれる彼らは、歴史上で教団間に起こった事件ですらあたかも自分たちの問題であるかのごとく扱うことがある。
それが重度である可能性も考えると、むやみに「ビブーティむせる」とかは控えた方がいいのである。
いや、「ビブーティむせる」は褒め言葉か。
器官の病を治しそうという点において。

ということで、ここで「ビブーティ」を例に出すということはまぎれもなく「重め」と僕が感じているわけで、とにかく「宗教ファン」は敷居が高い。

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