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ちょっとそこまで。20

南天に知った人がいる。

とは言っても面識がほぼないという、サプライズを仕掛けるには少々難敵というのが、気になるところだった。

しかしその人は、突然現れたあまり面識のない僕を快く迎えてくれた。
おじゃまと思いつつも上がり込み、他愛のない話を長々としてしまった。

しかしどうしたことだろう。
その人には既に親戚の方が訪問していたのである。

これがサプライズというものだ。
こっちがびっくりした。

こりゃ申し訳ないと、お菓子を渡してほうほうのていでおいとました。

親戚の方の中には僕を知ってくれている人もいたが、こちらはあせるばかりで思い出せず。
知らないやつが突然訪れて、マドレーヌを置いて去っていくという、よくわからない訪問となってしまった。


結構不審者で、あわてて退散するさまをみても、親戚の方には詐欺をやるものに見えただろう。
ごめんなさい。

しかし考えようによっては、知らないやつが突然マドレーヌを渡して去っていくというストーリーに、何かときめくものを感じる人もいるやもしれない。


そして今、何かマドレーヌって言葉がひっかかっていたのだが、それが「マタドールに似ている」ことである点についてひっかかっていたのだと分かった。


知らないやつが突然マタドールになって去っていくというストーリー。

ぜんぜん面白くないが、気になる点はある。
知らない人とマタドールというのは、どうもイコールで結びづらいところだ。

というのも、知らない人だがマタドールであることは分かっているのだから、「知らなさ」という点においては「知らないだけの人」よりも格段に「知っている」ことは明白だ。

そしてそもそも「突然マタドールになる」というのも難しい。
衣装や赤いマント、そして牛がいないことには、マタドールになるというのは難しいのではないだろうか。

そして牛を去らせろよ、お前が去るな。
マタドールについては、この程度だ。


しかし、牛はいないが豚はいる。
南天には豚を飼っているところがあるのだ。


おいとました僕は、そこいらを散歩することにした。

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