姿との対峙

日本人のラーメン好きは、本場中国のみならず世界中に知られている。
それは種類の多さにもあらわれており醤油やみそ、豚骨、塩というスープに加え、細麺や太麺、ちぢれ麺と麺の種類。
そして油そばやつけ麺など、派生も多岐に渡る。

この嗜好はもはや中毒性すら帯びており、ラーメンがないことに耐えられない者のためのインスタント層も重厚だ。


日本人はなぜラーメンが好きか。
実は、それはラーメンのCMやグルメ番組で見られる「箸で麺を持ち上げる映像」が深く関わっている。

あの汁気をおびて湯気を放つ麺の映像に、我々日本人は食欲を感じずにはいられない。
長期にわたる「箸で麺を持ち上げる映像」の放映が、今のラーメン業界を支えているといっても過言ではないのである。


さて、業界にとって極めて重要な「箸で麺を持ち上げる映像」。
麺を持ち上げる技術において「名人」と呼ばれる人物がいることをご存知だろうか。

筆者は知らなかったのだが、彼はファンの間では神と称され、今まで何度も箸で麺を持ち上げてきた。

彼の持ち上げる麺はそういう生き物ではないかと見間違えるほどに生気を放ち、しかも艶かしい。
3大欲のうちの2つを同時に満たす技術として、賞賛の声に事欠くことがないのである。



「持ち上げるスピードとかは、それほど重要ではありません」
角田さんは私を恋愛のことでさとすかのように、そう言った。

「麺の湯気とか、汁っけも、特に意識することはないんです」
それは、もう名人としての意見ですか。

「いえ、そうでは。とにかく重要なのは、持ち上げきったとき、少しだけ時間をおいてから、麺が一本だけぴんとはじける。その映像なんです」

そう言うと彼は、隣にいた彼の奥さんの髪をやさしくなではじめ、そっと人差し指と中指ではさんだ。

「最初の掴み方なんですよ、全ては」

「最初にしっかり掴むことは掴むんです。持ち上げられませんから」

「しかし力加減が難しい」

「しっかり掴みすぎると、持ち上げきったあとに、麺がぴんとはじけない」

「しかし緩く掴むと、持ち上げている最中に麺がはじけてしまう」

「最中のはじけ、我々の世界では「ピンハネ」と呼んでいますが、ピンハネが一番よくない」

「見ている人に「汁飛んじゃったよ」と思わせてしまいますからね」

「この力加減にはずいぶん苦労しましたが、今ではファンも納得させられるくらいになりましたね」

「まず、こんな感じで持つんですよ」

「掴むときもこう、少し内側に巻き込んでから、掴む」

「そしてすっと持ち上げる」

「いいですか、この巻き込みも難しいんです。こう」

「こう巻き込んでから、いや、強くやってはいけないんです。こうやって、くるん。すっ。こうやって、くるん。すっ、ですよ」

「くるん、すっ。くるん、すっ。くるん、すっ。くるん、すっ。」




奥さんがすっごく若々しくなってきた。





生き物との対峙
自分との対峙

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