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恋のできない体にしてやる

今年1月にシベリア少女鉄道を観てきた。
おもしろかった。

話は変わるが、僕は推理小説や長い文章が苦手だ。
物語のポイントとなるところを覚えられないので、そのまま進んでいっても理解できないのである。

それが悔しいので、いろんな箇所に細心の注意を払いながら読むのだが、結局は理解できない。
しかも、読むのに疲れる。

その「細心の注意を払いながら」を、シベリア少女鉄道の劇は強制する。



今、正直なところ3月の25日で、センターのオブのジのアースがやっている。
ときどき100度を越えるらしい場所に、生態系がばっちり形成されているようなのだ。
なんとなく、これの序盤中盤はあまり「細心の注意を払いながら」見なくていいような気がしてきた。



ショーンがふんわーなったところで話は戻るが、その強制がけっこう心地よい。
何が心地よいかというと、注意を促すわりには、それが物語のポイントというわけではないからだ。

というか、物語はない。



ああ、なんかショーンがあらすじを教えはじめた。
「細心の注意を払いながら」観ていなかったので、ちゃんと聞くことにする。



話を戻すと、何気なく人に聞かれて僕が口にした「ストーリーは、ないね」。
案外的を得ている。

ストーリーはないが、「細心の注意を払いながら」観なくてはならない。
「細心の注意を払いながら」というのは、言い換えると「あらゆるものに疑惑を持って」ということでもある。

シベリア少女鉄道の劇を見ていると、これに慣れてしまう。
よくない。
こんな体になってしまって、という気分。



ああ、主人公トレバーが普通に「人食い植物だな」って言ってる。
なかなか面白いじゃないか「センターオブジアース」。

2もやるよ!!。
せっかくなので番宣しといた。

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