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敗北の上清

誰しも、負けるとわかっている勝負をやりたくはないものである。

しかしそれがわかったとき、ただふてくされるだとか、投げやりになるだとか。
土下座で終始やり過ごすだとかは、ちょっともったいない。

そこから得られるものを模索するのはどうだろう。

もちろん敗北から得られるものだから、気分のいいものばかりではないだろう。

だから、その中でも重要なもの。
エッセンスを得られればいいのだ。


例えばテトリスの対戦で負けてしまったとする。

このとき、その敗北の原因として重要なのは「ブロックの素材が柔らかければ、あの隙間にねじ込めたのに」や「相手のテクニックがすごかった」。
「ブロックを落とす位置を間違えることが多かった」ではない。

「テトリスの対戦結果は、そうでもない」だ。

これが一番重要だ。


あるいは刑事ドラマで、綿密なアリバイをくずされ自供に追い込まれる加害者。

この敗北で得なければならないのは、「些細な計画上のミス」や「プランにないアクシデント」ではなく、「殺人、よくない」だ。



「殺人、よくない」。
今後、それを行う事ができないだろう加害者がそう汲み取ってくれれば、その敗北の上清はより純度の高いものになるだろう。

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