俺、さっきあそこにいてん その5

昨日からのつづき。

【あらすじ】
5月27日にディズニーシーに行ってきた。

=====
落下装置に乗り込むと、座席にくくり付けられた僕たちが前面のモニタに映し出される。

「行きはこんなに楽しそうだが、帰りはどうかな?」

そんなことを感じさせる雰囲気は非常によくできているが、どうだろう。
行きもぜんぜん楽しくないので、僕は行きも帰りも同じだ。

唯一、帽子を落としたらめんどくさそうなことになりそうだと、帽子だけは落とさないように注意することにする。



「タワー・オブ・テラー」の落下装置が、これから落下確定なのにもかかわらず急上昇する。

真っ暗な中を、落ちる準備のための上昇。
なかなか哲学的だか、これから僕は落ちる。

上昇の度がぐぐっと落ちたとき、少し明るくなる。
落下装置の前に、ディズニーシーの全景に近い風景が見えた。

それは恐ろしく高いところに今いるということを無理矢理再認識させる。
それに当たり前の恐怖を覚えた僕は、しかし同時に「これが最後に見た風景だったらおもろいな」と妙な事も考えていた。


余命いくばくもない病床のおじいさん。
彼が余力を尽くして言うのである。

「ああ、ディズニーシーの全景が見える」

これで家族は、今おじいさんが亡くなるのだということに気づき、涙する。
と同時になかなかのセンスの持ち主であるおじいさんのことを、寝ずの番のときに話しまくるのである。


そんな不遜な考えをタワーのてっぺんに置いて、装置は景気よく落下した。
あの、臓器すべてがふんわーする感じ。
僕はそれが嫌いなのだった。

そもそも落下時も制御されているのだろうが、その度が落ちてきたときの安心感はかなりのものだった。

心地よい減速。
そして上昇。

どうも今回の「タワー・オブ・テラー」は、2回楽しいバージョンであるらしい。
いや、いつもそうなのか。
あるいは3回のときもあるのか。

どちらにせよ、僕は大声で「えーもういいよー」と情けなく叫んでしまった。
そしてディズニーシーの全景。

またここまで戻ってきたのと、ちょっとおもろい気分になる。

そんな不遜な考えもタワーのてっぺんに置いて、装置は再度、景気よく落下した。
昼飯前だというのに、僕はへとへとになってしまった。

しかし怖いながらもアトラクションとしては非常に完成度の高いものなのだろうということは想像に難くなかった。

へとへとながらもそんな事を感じながら出口に向かうと、人だかりがある。
どうも、落下時の表情を撮影しているらしく、その映像、それがよければ写真購入ができる仕組みらしい。

シーマスターがあの落下の中、どうしたことが両手を大きく挙げてカメラ目線。
良すぎる被写体になっていた。
どうかしている。

僕は、帽子を押さえながら歪んだ笑みを見せていた。

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