リンケージ、バッタ。

河原にいるから「カワラバッタ」とは、もう労力ぜんぜん使いませんでした、という感じのネーミングだが、一方でバッタを「バッタ」と名付けたやつはすごい。

もう我々は祖先からの「バッタのことをバッタと呼ぶ情報操作」にやられてしまっており、もはやバッタを「バッタ」以外で表現できない。

無理してやるとしても「緑色で跳ねる」などの連想ゲーム、あるいは「跳ねゆく者」など通り名風のもの。
どちらもバッタの「バッタ」らしさや破壊力が乏しい。


さて、そんなバッタだが、僕にとってバッタは「草むらを歩いている象徴」みたいなところがある。

歩いているとき、少し前の場所からバッタが跳ねたら「ああ、僕は今、草むらを歩いているんだな」と感じるという事。

逆に言うと、どんなに草ぼうぼうな場所を歩いていたとしても、バッタが目の前を跳ねない限りはぎりぎり「舗装されたところ」である。

これは一見、バッタを自然破壊のバロメータとして扱うことができそうな事象だが、いかんせんバッタのことなので、それはちと荷が重いか。

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