リンケージ、たき火。

昔はたき火をしていたはずなのだ。

目の前が森林を利用した公園というタタズマイであるがゆえ、アラブの石油王における石油のように、精霊界の落ち葉王における落ち葉。

必要性はなかったのだが、秋の終わりと冬の始まりを告げる精霊界の広瀬香美的な人、落ち葉王を創作してみた。

とにかく落ち葉には事欠かなかったというか邪魔だったため、集めて燃やしていたはずなのだ。
しかもその中には、さつまいもを入れて!!。

しかし現在、たき火なんかしていない。

確かに、以前よりも落ち葉が少ない気もする。
誰かが掃除してくれているのか。
車の交通量の増大などにより、あまり溜まらなくなったのか。

ただ、落ち葉があったにしても、もうやらないだろう。

それは以前に比べて、近所に家がたくさん建ってきたという理由が大きいだろう。

何だか最近、洗濯物が汚れるんです、なんてことがあった日には、はいそれ我が家のたき火のせいですごめんなさい、となる。

焼き芋は魅力的だが、それで誰かの洗濯物を汚すんであればたき火なぞせず、いもはどこかで既製品を買ってくるわい、という感じだ。
しかし一方で、あのたき火の暖かさというものはなんかよかった、という感慨もある。

たき火で感慨とくれば童謡かなにかで「たきび」という歌があるでしょう。
あの歌の「たきびだ、たきびだ、おちばたき」ってやつね。

あの「おちばたき」っていうのが確かほぼたき火のことのはずなんだけど、なんで言い換えたかね、3回目のところで。

ということで調べてみたら、どうも「秋に落ち葉を燃やすこと」を「おちばたき」というらしく、それは四則演算にしてみると「たき火 + 秋」ということらしい。

季語なのだろうか。
ともかく、この結論については特に感慨は起きない。

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