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リンケージ、叫ばれながら。

最近の「リンケージ」とタイトルに付いている回は、その前日に出たあるキーワードについて何か書く。
そんな手抜きで行っている。

昨日、「叫ばれながらそこを押される」という旨の一文を書いた時、なかなか「叫ばれながら」何かを「される」、あるいは「する」。

そんなことはあまりないな、と思った。

徳永英明の歌に「輝きながら」というのがあったが、これも「輝かれながら」だと、え、一体誰が僕のためにと思ったり、いつも二番目でどうこう、と別の意味でいい歌になりそうだ。

一方で「叫ばれながら」は、自身が怪物であったり地縛霊であるならばいいのだが、そうでない場合はちょっと困ってしまう。
要は、「叫ばれながら」は「叫ばれながら、光線銃で狙われる」「叫ばれながらも、街を破壊する」や「叫ばれながら、お札を向けられる」「叫ばれながらも、半透明具合を調整する」などがしっくりし、あまりいいイメージはない。

受け身になっただけのはずなのだが、受け身状態になじみがないというだけで、こんな違和感。

ただ、よく考えてみると「叫ばれながらも、卒倒した女の子の介抱を指示する」など、ロックスターのようないいイメージも取り上げる事ができることに気づく。

このような二面性というのは、ちょうど「輝かれながら」。
月を彷彿とさせる、と早急にまとめたがるのは、ちょっと今が7月14日でテレビでやってる「モンスターズインク」を見るのに忙しいから。

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