kk

それほど親しくない人との会話でも、相手の人柄やシチュエーションから「何かイケる!!」と判断が下されれば、試したくなるのが人というものである。

「SMはどのくらい?」

「いやあそれがあまり」

「実は僕もなんです」

相手がいい人でよかった。
さっきどこかで「下ネタで引く人増加」みたいな記事を見たから、なおさらいい人。


しかし今回考えたいのが、このあとやはりというか。
それほど会話が続かなかったときにぽつりと僕の口から出た言葉である。

「ふうっ・・・、SM・・・か・・・」

よく、会話が途切れた時に「ふーん、そういうことね」や「なるほどねー」みたいに、蕎麦における小麦粉のような「つなぎ」を使うことがある。

そういうふうに、SMって使えるっけ。
「そういうふうに」使ってしまった瞬間、違和感を覚えたのである。



たとえば「ふー、あかぎれ、ね・・・」と口にすれば、それはそれまでの会話があかぎれの話題で、十中八九相手があかぎれで苦しんでいるわけである。
さりげなく「ちゃんと話聞いていたよ」とアピールも可能。

そして何よりも、「私にあかぎれのネタ、あったっけ」と話の継続を目的とした回顧が表現できている。


「ふうっ・・・、SMか・・・」

残念ながら僕の脳をほどいて紐状にし、薄い塩水ですすいでも回顧できるようなSM体験はない。

さらに気になるのが「SMにおいて、思い出し笑いみたいなものがあるのか」という点だ。

SMを回顧し、「あのときのろうそく、熱かったー」とか「私の生涯で最高のkk(※1)だったわ」など、ありうるのか。
これも分からなかった。


僕は、意図せず発したこの言葉に気になる点や不明点があることに感動した。
そしてすぐ相手に伝えたところ、「こいつは何を言っているんだ」という顔ではなく、あいまいに笑みを浮かべた。
やはり、いい人である。



※1
kk
亀甲縛りの略。
あくまで個人的な印象だが、縄のみしかない場合、この着用が一番防御力高そうな気がする。

■ Comment

非公開コメント

リンク
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ